03
結婚当初、喜助との生活は幸せだった。越後屋では鈴の染物の才能を活かし、彼女のデザインした着物は評判となった。一年後に茜が生まれると、幸せは頂点に達したかに思えた。
しかし、喜助には隠された顔があった。博打好きだったのだ。最初は小さな負け、それが次第に大きくなり、ついには店の金に手をつけるようになった。
「喜助、どうして……」
博打で負けて帰ってきた夫に問いただす鈴。しかし、喜助は酒の勢いもあり、鈴を突き飛ばした。
「うるさい!俺の金だ、好きに使わせろ!」
それからの三年は地獄だった。越後屋の経営は傾き、借金は膨らみ、喜助の暴力は日常となった。鈴は何度も実家に戻ろうかと考えたが、家族を裏切った自分が帰る場所などないと思い留まった。
父の死の知らせを受けたのは、そんな日々の最中だった。
「藍右衛門様が……亡くなられました」
知らせを聞いた鈴は泣き崩れた。最期に会うことも、許しを請うこともできなかった。葬儀にも参列できず、鈴は自分の部屋で一人、父への贖罪の涙を流した。
そして享保三年の春、ついに越後屋は破産した。鈴が目を覚ますと、喜助の姿はなく、わずかな小銭と簡素な書置きだけが残されていた。
『俺はもう駄目だ。お前と茜には申し訳ない。生きていけ。』
借金取りに追われる身となった鈴と茜は、越後屋を追い出された。行くあてもなく江戸の街をさまよった末、鈴は決意した。
「藍風堂に行くしかない……」