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01

享保三年、初夏の陽気が江戸の町を包み込む頃。

小石川の路地は朝から賑わいを見せていた。魚売りの声、行商人の呼び込み、子供たちの笑い声。そんな日常の喧騒の中に、一人の女がひっそりと佇んでいた。


染物屋「藍風堂」の前に立つその女は、かつては上等な絹を纏っていたであろう着物を身に着けていたが、今はその裾は泥で汚れ、袖口は擦り切れていた。両手には粗末な荷物を抱え、背中には幼子を背負っている。


女は店の暖簾を見上げ、深く息を吸った。「藍風堂」の文字と、藍染めの風を表す印が染め抜かれた暖簾。その色合いの美しさに、女の目に一瞬、懐かしさの色が浮かんだ。


「これが藍風堂か……」


その声は疲れきっていたが、瞳の奥には決して消えない強い光が宿っていた。名をすずという。二十四歳、かつては富裕な商家の娘として何不自由なく育ったが、今は夫に捨てられ、一人娘のあかねと共に故郷を追われた身だった。


背中の茜がもぞもぞと動いた。

「お母様、ここが叔母様のお店?」


鈴は四歳になる娘の頭を優しく撫でた。

「そうよ、ここがお母様の姉、お琴叔母様のお店だよ」


「大きなお店ね」


茜の純真な感嘆に、鈴は微笑まずにはいられなかった。しかし、その笑顔の裏には言いようのない不安が隠れていた。十年前、彼女がこの家を出たときの姉の冷たい視線を、鈴は今でも忘れることができなかった。

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