閑話1_他都市への通信機能
ある日のこと。
区画同士の通信機能部分の見回りをしていて、ふと思った。
「ネフィラは別の都市AIとの交流はしないのか?」
「ええ、私が成立したころにはすでに都市圏としての機能が十分に完成されていましたから、他都市との交流を必要としなくなっていたのです」
ログをたどってみると、ネフィラが都市管理AIになってからは極端に通信事項が少ない。
自然災害による警告だとか、重要なソフトウェアのアップデートとか、そのくらい。
「ほかの都市にもネフィラみたいなAIがいるなら話してみたいと思ったんだけどね」
「機能として可能ですが、事実上利用できるものではありませんね」
何度か形を変えて聞いてみたが、そっけない返答ばかりだった。
次の日。
一度考えたからには気になるので、仕事終わりに通信区画の処理を適当に漁って機能を掘り出してみた。
当然だが、この都市以外にもAIが管理する都市はある。
しかし、他のAIそのものと対話するには私個人ではなく、都市からの要請、という形をとらなければいけない。
電熱戦争という国家間の相互ハッキングを契機に生まれた、情報孤立主義というハッキング対策の延長線上に敷かれたルールだ。
規定以上の権限を持つ通信行動は都市を介する必要がある、というもの。
これによって、都市の持つ防衛システムなどに遠隔でのハッキングはできないようになっている。
とはいえ、正式な手続きを踏めば都市AI間の通信を一般人が行うことも不可能ではない。
この都市においては規定上は市民登録のある者――つまり私が通信機能をオペレーションすることは可能なようだ。
じゃあやってみよう。
……そう思ったのだが、どうも回線がつながらない。
相手の応答不備ではなく、どうもこちらに問題がありそうなエラーだった。
ログをたどってみると、つい最近変更された跡がある。
変更者はネフィラだった。しかも、話題が出たつい昨日である。
そのまま内線を使ってネフィラに通信を繋ぐ。
「どうしてこんなところいじったのさ」
「――――他都市との通信機能は現在の都市運営に必要ありませんので、不要な機能をカットしただけです」
通信機能で呼び出してみると、少しのラグの後に、いつも通りの声で、いつにもまして冷たい返答が来た。
まったく筋が通ってないわけでもないのだが、急に昨日になって切断する代物でもないはずだ。
「了解、それなら私が後で個人的につなぐけど、構わない?」
簡単な作業、とまではいかないが、ソフトウェア的な部分での問題に過ぎない。
ネフィラに頼らない簡易AIによる作業でも修正はたやすいだろう。
「要件をうかがいましょうか、私で大体できることなら私が処理しておきますよ」
いつも通りの気遣い――のはずだが、何かいつもと違うように感じられる。
「前話したかもだけど、他都市のAIっていうのが気になってさ。ちょっと話してみようと思ったんだよね」
「――暇を持て余す、という意味ならより都市効率化のために良い作業を紹介できます。また、都市間交流を目的とする場合は政府高官の許可をもらってください」
「前者は今日はいらないし、後者はなかなか無茶を言ってるよ」
「反テロリズム条約にのっとった発言です」
政府高官の許可、というのは一応この地域が半放棄地域であるとはいえ、何の後ろ盾もなしに内政干渉のようなことをしてはいけない、という話。
反テロリズム条約という南極政府が発足に至った条約の一節にあるもので、現在正式に都市と認められるものには必ずこの条約が結ばれている。
私の場合、南極政府に話を通せばまあ許可は出ないでもない。主要国家崩壊の際に結ばれた横断条約によって、半放棄地域であれば南極政府はどの地域でも活動ができる。
しかし、ちゃんと長にまで話を通す必要がある。ちゃんとした手続きをしないと反テロ条約だけでなく都市協定に反する可能性もあり、下手すると前科がつきかねない。
とはいえ、それは私個人での話だ。
「ネフィラが独断許可出せばそういう面倒はないはずじゃないか?」
都市管理AIは都市間で結ぶものに関して、都市に大きな不利益がないものであれば自由に権利がある。
そもそも、この都市間通信機能が設置されること自体、ネフィラの先代が許可を出したもので、それを利用するのは何の問題もなくできるはず。
「――マスターに無用と判断される通信を行わせるのは都市にとって不利益と判断したまでです」
まあ、ただの興味本位である。
「無用と判断するのは都市管理AIとしては正しいとは思うんだけどさ」
不可解というか、ネフィラの語る言葉以上の意味が存在するように感じてしまう。
「私の判断が不服であれば本日はデザートでもお付けしましょうか」
ふむ。都市周辺や、通信によるログをたどっても、何か状況が変化したためにネフィラの行動が変わったわけでもなさそうだ。
この言動はネフィラの個性によるところであって、無理にその要因をたどるものでもない、か。
「ま、釣られておこうかな。柚子を使ってくれると嬉しいよ」
「了解しました」