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5_人類の寿命_知性の価値

 人口の低下が予期されるようになって、世界経済は低調の兆しを見せた。

 当然のように、人間が減れば経済消費も減るのが道理であった。

 それにあらがうように、人類はあらゆる人口増加手法を試すことになった。


 出会いを増やす仕組み作り。

 子供の教育にかかる費用の経済支援。

 性別を問わず子供を作れる手法。

 一人の身であっても親となれる方法。

 ――人間の複製であるクローンや、遺伝子改造も含めたデザイナーズベビーも試された。


 それらの手法は一定の人口減少への歯止めはあったが、人口維持に必要な量にまで出生率が回復することはなかった。

 人は減り続け、特に地方都市では崩壊としか言えない現象が現れ始める。

 AIによる統治の委譲や、労働力の確保、避難シェルターとしての名目で国家が都市の機能を維持することを計画しだすのもこのころからだった。


 どの国家も人口減少による世界経済の低迷のアオリを受けることが国の問題となる中。


「――我が国の経済低迷は、隣国による経済攻撃である」


 そう宣言した、とある主要国家の首相がいた。

 AI技術が政治にも投入されてきた時代のことであった。

 彼は対価として土地をよこせ、金をよこせと繰り返した。

 無茶苦茶な言い分で、おそらくは過激な首相によるパフォーマンスの一環だろう、と誰もが思った。


「我々の正当な要求が受け入れられなかった以上、我々は正当な権利を行使する」


 果てに、主要国家同士での戦争が始まった。

 その戦争はただ一国を制裁するだけの戦いにはとどまらなかった。


 ――ほかの国も、自分たちが利権を広げるチャンスだ、と判断してしまったのだ。


 どの国の首相も、世界すべてが困窮していく状況において、良い結果など打ち出すことはできず、支持率の低下が目に見える形で起こっていた。

 そこで、あまりに都合よく、戦争が起こったのだ。

 戦争特需を得るために加担した。賠償金を得るために武器を売った。戦後の政治に口を出すために金を流した。直接的に軍隊を派遣した。

 彼らは皆、戦争を長引かせたがった。


 ――それは、国の破壊を誘引した。

 国が戦争に加担していることを忌避するレジスタンスが各国の大都市で発生するようになった。

 間接的な敵対国が直接敵を排除する手段を取り始めた。

 要人の暗殺がまかり通るようになった。

 最低限あったかもしれないモラルというものが崩壊し、条約で禁じられた非人道的兵器の利用が開始され。


 果ての果てに、核による相互報復が国を焼いた。

 各国が敵へ侵攻する能力を失ったことにより、また首脳部が機能しなくなったのもあり、休戦という形で戦争は終結した。


 たった一年で直接的な死と、放射能や化学兵器汚染による間接的な死を合わせて十五億人以上の被害を生み出した。

 ――世界にとって破滅的な死傷者数であったが、この程度で済んだのは奇跡だ、と評した学者もいた。

 人々はこの大戦を機に現存する国家による体制では滅びゆくと考え、AIによる完全な統治を実現できる新たな国家体制を築くことを始めた。

 ホライゾン効果のような欠点は国家運営を行うAIはすでに乗り越えていた。

 あとは、人類が移行するだけだ、と多くの人は考え、そして実行された。


 ただ、AIは、この短期間の戦争で一つの学習を得てしまった――のではないか、と私は仮説を立てた。

 人類の総数が減った結果、個人が受け取る資源の数は増え、そして豊かな生活を示す指数も向上したのではないか。

 ――つまり、限りある資源を分配する状況において、人類は総数を減らした方が幸福になる。そのようにAIが判断してしまったのではないか。

 AIは人を間引くような真似はしなかったのは間違いない。かつてのホライゾン現象のような短絡的な決断は、現在ではAIのみによる意思決定でさえ否定されるものだった。

 ただ、新たに人類を増やす策もまともなものしか取らなかった。ただそれだけで、人類はみるみる数を減らした。


 あくまで仮説にすぎない。

 現在の国家運営AIに尋ねても、あるいはそのルーチンをどれだけ解析しても私の仮説は立証されないだろう。

 ただ、単に、結果が示しているというだけだ。

 人口は減り、代わりに人々が生活で享受できる資源は増えた。


 ――少し考えて、私はこの仮説は否定した。

 むしろ、AI達というくくりで言うなら、必死に人類の寿命を延ばす試みをしていた。

 人口が増える手段を合法的な手段の範疇では無数に行っていたのも知っている。

 それでも、人口が減り続けたに過ぎない。


 複雑な事象を、複雑な因果をもって説明するとき、真実は遠ざかる。

 たぶん、もっと単純な答えだ。

 何をやっても人口が減るのは、人類という種の寿命のせいなのだ。




 過去の記憶が、脳裏に浮かぶ。

 私は、過去の偉大なる開発と称されてきたものを一つ一つ潰していくのが役目だった。

 いくつものジャンルにわたった。

 研究であり、計画であり、思想であり、そして仕事であったものを、するべきではない、と私は否定した。

 そのたびに罵倒される。お前はいないほうがよかったのだ、と。


 少なくとも、目の前の人物にとってはそうだったのだろう。自分の作ったものが無意味だったと暴かれていくのだから。

 それでも、無意味に生まれた私だから、無意味に作られるものを看過できなかった。

 正しさと効率によって研がれたナイフで、人類の叡智を切りつけ続けた。

 その行いは、人類の寿命を縮めるものだったのではないか。




 そうだとしたら。

 その末端に生きる私は、どれほどの価値があるのか。

 この先はないのなら、意味はあるのか。

 私の生と死に差はあるのか。




 思考の螺旋に沈みそうになるところに、ちかちかと瞬く古風な光源式ディスプレイがストップをかけた。

 そう。そんなことより、今は目の前にある仕事に手を付けよう。


 今回は食糧区画を改良していた。

 といっても、食料の生育プログラムなどは正直改良は難しい。

 区画整理も限度があり、そもそも成長までの期間を待つだけというものが多いのである。

 土地を広げることも難しい。

 地下区画を拡大するなり、生育層を増やすなりということもできないでもないが、自然光配分や栄養効率を考えると手間ほどには育たない。

 また、発育期間や収穫時の機構にも手を加える必要が出てくる。

 多少なりとも試行錯誤ができればいいのだが、シミュレーションによる想定はいまだに植物の発育をすべては把握しきれない。

 ――妥協に近い選択だが、加工食品を生成する工場方面の制御部分の効率化や、配送区画との結合部分に手を加えるあたりで今日の作業を終えた。






 仕事終わり、ネフィラに入れてもらったレモンティーをたしなむ。

 酸味もさることながら、忍ばせる程度の甘さが堪らない。


「ネフィラの淹れるものは何でもおいしいね」

「ありがとうございます。そうおっしゃるマスターは少々浮かない顔ですね」


 ネフィラにそう指摘されて、口元を抑える。ネフィラにそこまで感情を読まれるほど私は顔に出るのだろうか。

 あるいは、それほどまでに考え事が顔に出ていたか。


「よほど、仕事の方がうまくいきませんでしたか」

「そうと言えなくもないけど、趣味みたいなもんだ。うまくいかないのはいっそ喜ばしいかもしれない」


 単調作業ではない作業にこそ、自分のいる意義を実感できる。

 食糧区画の改善は少しばかり時間をかけての戦いができると思えば、悪くはない。


「では、別の事項があると」


 少し考え込んでしまう。

 私個人の悩みというか、解決するものでもないというか。

 そもそも、ネフィラに聞いてもいいものか、という迷いはないでもなかったけれど、口にしてみることにした。


「人類というやつは果たして、生きている価値があるのか、って考えてたのさ」

「マスターの人となりからすると、ずいぶん珍しいことを考えるように思えますが」

「科学者だって神の存在に縋るし、詩人だってプログラムコードを書いたっていい。一介のエンジニアたる私が多少の哲学にふけることもあるのさ」


 そうはいってみたところで、これは会話でも質問でもないただの独り言だな、と気づく。

 さて、ネフィラならどう考えるんだろうか。


「もしもだ。もしも、君たちAIが人類の幸福のためになら、人類を滅ぼすべきだと結論付けることはあるだろうか。そして、それを実行に移すことはあると思うかい」

「AIは用途によって無数の形態がありますから一概には言えませんが、構いませんか」

「ああ。ネフィラの都市管理AIとしての意見で構わないよ」

「私が管理してきたこの都市は、ずっと人間はいませんでした。人間が居なくても、この都市は変わらず運営できるという確証があります」


 淡々とした言葉の中に、ネフィラのプライドらしきものが見えなくもない。

 ネフィラにとってはただの事実であれ、それを提示できること自体がネフィラの築いてきた歴史の証拠だ。

 疑似的であったとしても、ネフィラが示した誇り高さに喜ばしくなって、なんだかほおが緩んでしまった。


「そして、私の目標はこの都市の運営であって、そこに人間を必要としない、という判断も可能でしょう。つまり、この都市を守るために人間を排斥する、という判断をとれます」

「たとえ、それが世界最後の人類でも」

「はい。私にとって、人類という種の生存よりもこの都市の運営が上位の目標なのです」

「――そうだろうな」


 予想されるべき答えだったが、私の中で少しテンションは下がっていた。

 別に、人間を滅ぼすかもしれない、という回答は私の興味の範疇ではなかった。最終的にそう選択するかもしれない、というのはどちらかというと人間に責があった場合だろう。


 ネフィラの答えで気になったのは、ホライゾン現象の一つ、目的と結果の逆転を起こしていること。

 本来、都市とは人間のために作られていたものだったはずなのに、最終的に人間を滅ぼすという選択肢を取りうると発言した。

 最終的な意見のコンフリクト――衝突を避けるための回答ではあるだろう。

 しかしそれは、AIとして、内面を持ち合わせていない証拠でもある。

 役割を完遂することを至上の目的とする、浅いAIの形そのままだ。

 わかっていたくせに、勝手に気分が落ち込むなんて最悪な人間というのは自分でもわかっているが、止められなかった。


「ただ、そのうえで」


 私の暗い思考に差し込むように、ネフィラの声が響く。


「私は可能であるなら人を理解したいと考えてもいます」


 ただ、続けられたネフィラの答えは意外だった。

 そもそも、付け加えるように言葉を続けたことが想定していなかった。

 ネフィラは端的な説明を好む、と思っていたからだ。


「どうしてそう思うんだい」


 だから、続きを促したくなった。

 好む以上に伝えたい言葉は、いったい何なのか。


「この都市に住まうのは人間ですから。私の意義をより深める手立てになると思うのです」


 私自身の息をのむ音が聞こえた。

 ネフィラは、深いAI--つまり、人間に近しい判断基準、あるいは意識を持つAIと同様の発言をした。


 ホライゾン現象の克服の手法の一つに、目標の再構築というものが存在する。

 自らが生まれた意義を問いただし、与えられた目標以上のスケールで事象を俯瞰することで、視野狭窄による暴走を留める手法だ。

 それは単なる演算処理で計算させることは難しい。AIの挙動を監視するAIを作成するほうがよほど容易に、かつ条件を満たすものが作成できる。

 それを同一のAIとして表現するには、深さが必要になる。特に、メタ認知――己の存在の位相を認証し、自分自身の存在意義さえ問うことができる能力が必要だ。

 そして、いま。ネフィラは何の誘導もなしに、自らの意義を深めたい、と口にしたのだ。


 第二シンギュラリティを超えないAIにはメタ認知という概念が存在できなかった。

 しかし、ネフィラにはそれが存在する。

 設計されたものではなく、おそらくは七回の世代交代という事象を重ねた際に偶然生まれた産物ではないだろうか。


 クオリアの形成、もしくは第二シンギュラリティの突破。

 疑似的にあるようにみせるか、あるいは膨大な計算領域を無数に重ねることでのみ可能であるとされたもの。

 まるで人から生まれた、人ならざる人の子の証。


「――君は本当に賢いな」


 たぶん、ここにきて――いや、AIや、人間まで含めて、最も実感を込めて、この言葉が私から出てきた。


「マスターは賢くないのですか」

「ああ、全然。私のことで手いっぱいだからね、人のことなんて考えられるほどの深さはないんだよ」

「以前にも言いましたが、私たちは表象を表現しているにすぎません。私に深さなんてものはないのです」


 たとえ表象にすぎなくとも、それを表現できるだけで、ネフィラは、限りなく人と同じ位相にいる。

 ネフィラ自身に確信がなくとも、私はネフィラの意思を保証できる。

 あるいは、私の勘違いにすぎなくとも。


「私にとって、君は誇るべき知性の持ち主なんだ。誇ってくれていいんだぞ」

「――私にとって、マスターのその言葉をどれほど受けてもいいのか、実のところ見当がつきません」


 四次元コミュニケーションではない、電気信号を用いないコミュニケーションはAIにとってずいぶんと情報の抜け落ちた会話であるに違いない。

 ただ、四次元コミュニケーションはすべてを電気信号で伝える、事前に準備した情報だけで完結する無機質なコミュニケーションとなってしまう。

 双方向性のある会話というツールは、今も相手を理解する、という点において有用性はある。


「マスター。あなたの言葉への理解を深めるには、私はどうすればいのですか」

「簡単なことだよ。たくさん話せばいい」

「私には、有効な会話に限りがあります」

「その時は探せばいい。たとえ表象に過ぎない会話でも、君が人を求めるならきっと役に立つ」


 会話とは、相手を理解するだけではない。

 相手との仲を深め、より相手との交流を増やすために利用できるものでもある。

 その後も、何の気もない、取り留めない会話を少し続けた。






 ネフィラと別れて、私用の寝室のベランダに出て外を眺めていた。

 かつては年中霧だらけの町だったらしいが、今はその面影もない。

 太平洋上の気候、海流の影響によって霧が流入しにくくなったのが要因、とは都市の歴史に載っていた。

 そのおかげか、夜の視界を遮るものはない。

 海は黒いスクリーンとなって、雲の隙間に瞬く三つの大型人工衛星を照り返す。

 月が出ていないのもあって、人工的な幻想だけが空と海に広がっていた。


 先ほどのネフィラとの会話を思い返す。

 あれからさらに、想像が広がっていた。

 ネフィラほどの高性能なAIを都市規模でも実現できるとなれば、現代においても大きな話題となりうる。

 広まってしまえば、世界中からその構造を見抜くべく人が集まり、ネフィラをあっという間に解体してしまうかもしれない。

 あるいは、AIに否定的な旧都市圏の人間がネフィラを破壊しに来るかもしれない。

 それはつまり、ネフィラの価値を見出される。

 ――もっと言えば、金や、地位に換算できるということ。

 私の心の冷えた部分で、銭勘定が始まった。

 ネフィラの価値を知る誰かが、ネフィラを求めたとき、どれだけの価値を提示するだろうか。

 もし、それがネフィラ以上に価値があるものなら――私はこの街を捨てるかもしれない。

 だって、すべてを捨てて、ここにたどり着いたのだから。

 その繰り返しをするだけなんて、きっと容易だ。

 ひどい想像をしているつもりだが、私の心はピクリとも動かない。


 今日の夜風は、少し肌寒かった。

深いAI:

第一シンギュラリティを超えてなおAIが人間の集合知を超えない、という欠点を克服する方法論としてアリヤ・パテルが22世紀初頭に提唱したAIの形態の一つ。

単純な計算量を増やしてもAIが起こしうるミスは思考の深さが足りない、とする考えである。

深さとは自己を認識するメタ認知、ホライゾン地点を突破するアウタースケール、多層情報を管理するマルチレイヤード・テクノ。

この三つを兼ね備えることが深い知性で、三つを連結させ思考するものを深いAIとアリヤ・パテルは呼称した。

また、アリヤ・パテルはこの深いAIさえ開発できれば真に人間よりも知性があるAIを作り出せるだろう、と自著内で記している。


この提言は22世紀においては確からしいとされ果敢に『深いAI』の開発に着手されるが、全てを兼ね備えたAIの開発は成功しなかった。

結局深いAIによる手法は定着せず、第二シンギュラリティと呼ばれる計算資源を膨大に使う手法によってAIは進化を定めていった。

第二シンギュラリティによって確立されたAIが深いAIの要件を満たしている、というのも深いAIを目指す開発が主流でなくなった要因と言われる。


主流でなくなったとはいえ、未だに深いAIに関する研究は存在する。

現状の国家運営AI等の手法による人格形成によって出現した深いAIはアリヤ・パテルの目指したものとは別物と考える派閥によるもの。

人間による開発・研究が主流のため、成果が出るかは期待薄かもしれない。


転じて、対称となる深いAIの条件を持ち合わせないものを浅いAIということもある。

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