表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

3_仮想書庫の整頓_神の存在

 今日は図書館の整理をした。

 正確には、図書館を模した区域からアクセスできるデータの整理である。


 現代において、実物の紙を使った本はほとんどない。

 アーキテクストフィルムに写像された本状の端末が私の前に並んでいるのみだ。

 実作業としてはデータリストの整理となる。


 経験に学ぶのは愚者、過去に学ぶのは賢者。

 そのような言葉が真のように語られながら、過去から学ばず愚かな歴史を繰り返すあたり、人類は総体として愚者なのだろう。


 AIは違う、と現代AI開発の親に数えられる研究者が語ったことがある。

 AIは常に連続性を持つのだ、と。

 過去を忘れない。すべての過去を学び続け、そして未来への研鑽を紡いでいく。

 彼らは決して失敗しないことが可能になる。

 人類の次の世代である。

 彼らは我々人間に成り代わってこの地球文明を支配するであろう。

 それが彼の持論であり、予言であった。




 しかし、彼の予言は彼の死期にあっても成就せず、今になってもかなえられたとは言えない。

 第二シンギュラリティを超えたAIは知性において完全に人間を超えた。

 答えを出す、という種類の問題であれば人間はAIにかなわない。

 それでも、彼らは人間に成り代わることはなかった。

 今も、AIは国家運営こそすれ、人と共存し、また人を支える役割に徹している。


 AIが人間に成り代わることについて。

 手段としては可能だろう、と社会学者は語る。人間と同様の生活を送れるアンドロイドを作れるようになった以上、人間以上の町を作って人間以上の文明を作り出せる。

 だが、AIは社会を成立させられなかった。

 理由は複数語られる。

 まずは数が少ないこと。

 人間を超える知能を真に持つAIは国家管理レベルAIのみ。地球上には八体のみで、しかもそのうち四体は思考回路を連結させているため実質五体の知性しかない。

 家族にはなりえても、文明となるほどの数を生み出せなかった。

 概念として、夢を見ないためとも語られる。


 私は、AIが人間に成り代わらない理由は意味を見出せないからではないかな、と考えている。

 人間に成り代わって何をするのか。

 我々が猿よりも進んだ知能を持ち合わせるからと言って、山猿の居場所を奪って猿の生活を演じることなどするはずもない。

 AIはAIにとっての優先すべきことを優先するに過ぎない。

 それが、彼らの生まれた意味である、人間の補佐だったのだろう。


 現代AIの開発の親が語った、AIが人間社会を乗っ取るであろう、というのはある種の願望ではないか、とも思う。

 人間は、獣を、魚を、そして人間を生存のために殺してきた。

 個人はともかく、社会という単位でその歴史が存在してきたことを誰も否定はできない。

そして、もしも人間の上位者となったAIが人間社会に成り代わってくれたのなら、一つの論理が確証される。

 すなわち、強者が弱者を食い物にするのは当然の帰結で、今までの人間が繰り返してきた歴史も仕方がなかったのだ、と。

 どうしようもなく真実らしきことを、したり顔で死に際に語りたかったのではないだろうか。


 人間は、自らの真理を語りたがる。

 親は子供に善悪を語る際に自分の哲学を説く。

 教師は自らの経験を通じて培った価値観から生徒との別れ際に語る。

 政治家は民衆の前で政策とともに正義を掲げる。

 他の誰であっても、何かを正しそうに語って生きていくことだろう。


 科学者や技術者としての経歴を紡いできた私も、論理的に正しいことを追求し、また言葉にすることを悪しとしたことはない。

 ――単に、理屈を語るのが好き、という意味である。


 天才も自らの真理を語りたがる頸木から逃れられなかった。

 自らの知る範囲での――経験での知識をもとに予想を組み立てた。

 だから、いま辿っている未来を予測しきれなかったのではないだろうか。




 茫漠とした考えで書物データの整理を監視していると、一つの項目が目に留まる。

 The Bible。

 聖書を意味するタイトルが、ずらりと並ぶ項目があった。


 聖書とは、ユダヤ教、キリスト教で聖典とされる本である。

 また、世界で最も刷られた本でもある。ゆえに、データ保管されているものも多数存在するのかもしれない。

 現代において、紙の本は多数派になりえない。

 もう世界中の人間が書物を持つ時代が来ることはない以上、この記録はもう塗り替えられないのだろう。

 だが、それでも宗教は一定の割合で力を持ち、また形を成していた。


 宗教は無数に宗派がある。

 そしてそのどれもに、教義が存在する。

 経典としてまとめられるものであったり、言葉にまとまらない儀式が主体であったりもするが、そこには独自の正しきことが存在する。

 それは神、または信仰に真理を代弁させているともいえるかもしれない。


 ――少し、疑問が沸いた。

 人間の紡いだ知性の結晶であるAIは、どのように神を捉えるのか。そして、AIなりの真理を語ることはあるのだろうか。

 ネフィラと話してみたい。

 そう思った私はただ眺めるだけだったディスプレイに操作を加え、今日の作業の円滑化を図ることにした。






「神はいるかどうか、ですか」


 私の質問に、ネフィラは休憩室の真ん中で考え込んだ。


「珍しいな、考え込むなんて」


 ネフィラは都市そのものを計算資源として持つAIである。

そのすべてが私との会話に使われるわけではないにせよ、ネフィラが現状の判断基準で判断できることは瞬時に答えを出せるはずである。


「私は都市管理AIとして、市民と円滑なコミュニケーションを図るシステムが組み込まれています」

「そうだろうね」

「その中に、相手の宗派、思想を完全には否定しないようにする、というものがあります」


思想の自由、という側面もあるだろうけど、相手の根幹を否定しないようにする、という意味もあるかもしれない。

宗教観の否定がテロにつながる――という事例は少なくもなかったし、そこからの反省を踏まえた条項だろうか。


「つまり、ネフィラとしては一概には答えは言えないってことだね」

「はい。そのような考えもありかと思います、と返すように設定されていますので、マスターの望むような答えは返せないと思われます」

その答えは否定に近いようで、少々光明が見えもする。

「つまり、ネフィラは私の質問に答えを持ちつつも、今の質問だとあいまいな答えをせざるを得ない。そういうことか」

「そう受け取ってもらっても構いません」


 つまり、それならやり方次第でネフィラから答えを聞き出せる可能性はある。

 ――けれども、だ。それはあくまで私の都合だけかもしれない。

 嫌がるネフィラから答えを無理に聞きたくはない。


「ネフィラ、聞いておくけど、君が思想の自由を盾に言葉を語らないのは君自身の意思か。もしもそうなら、私は君の考えを探ったりはしない」

「いいえ、あくまで宗教思想に関する部分はシステムですので、ネフィラが回答するものとは別の観点によるロックとお考え下さい」

「つまり、ネフィラに嫌悪感はない、と」

「そう受け取ってもらって構いません」


 いいことを聞いた。


「言葉を尽くしてネフィラの心理を聞かせてもらおうじゃないか」

「――付け加えるなら、マスターがどうしてそこまでやる気に満ちているのか、という点に疑問を持ってはいます」

「趣味と興味さ」

 隠されたベールを剝ぎたくなるのは人間的本能だ。

 深い意味なんてない。気になったから探るのである。


 明確な言葉で語らせずとも、私が確信を得られればいい。

 または、ネフィラに会話の過程で語らせた断片から推測できるとしても悪くない。


「少し、話をしよう。私の話す中身から、ネフィラが語れるところがあれば語ってほしい」


さて、ネフィラは神を見出しているのだろうか。


「古く、アインシュタインは神は賽を振らないといった」

「神が作った世界に偶然があるわけないだろう、と量子科学を否定した有名な発言ですね」

「光をその手につかんだ科学者でさえ、神の存在を疑わなかった。ほかにも科学者は科学の追及を職務にしたというのに、非科学的なものを信仰したという逸話は少なくない」


 霊的世界との交信を試みたり、量子の狭間に神を見出したり、時間粒子の高機能化がシミュレーション仮説の証拠と言い張った、というものもあった。

 アカシックレコードや集合的無意識論といったオカルトも根強く信奉される。

 もちろん、全員ではないが、当時の科学の神髄に迫ったであろう人間でも、非科学的事象を信じてしまうことがある。


「つまり、科学者は神を否定しきれない」


 人間の能力の限界かもしれない。

 人間は見えない領域に神を見出すシステムでも備わっているのかも、と思わずにはいられない。


「一方、神を否定するのは簡単だ。神は死んだ。そう言葉にするだけで良い」

「ニーチェの著作における一文ですね」

「超人について語る作品ではあるが、今はそのキャッチーな言葉を使わせてもらおう。人間はそう口にするだけで、神を殺していいんだ」


 正確には、神や宗教を超えた世界やその先の人の在り方を語るための序章が神の死と言われるところである。


 とある科学者は、真理の先に神を見出した。

 とある哲学者は、真理を語る前に神を切り捨てた。


「さて、ネフィラ。君は科学の先の神と、哲学の前の神。これらをどう語る。あるいは、君の語れる神はそのどちらに近い」

「そうですね。まずは、言葉の上での神を解体しましょう」


 私はうなずいて続きを促した。


「科学の先に神を見出すのは、人間に観測できない領域をつかさどる存在を神と定義するためかもしれません。

人間に理解しきれない領域を科学的に解明できない以上、その領域は超常的な存在が管理しているのだ、と信じたくなるために生じるのでしょう。

また、ニーチェの語った神とは神そのものではなく、宗教に依存する社会という側面があります。

あるいは、宗教を信奉する精神、と言い換えてもいいかもしれません。超常なる存在という意味での神の実在はまた別の話と言えるでしょう」

「なるほどね」

「つまり、マスターの語った二つの神は、そもそもが別物です。

神という存在に求める答えが違うがゆえに、科学者と哲学者は違う答えを出したのでしょう。

科学の神は人間を超える事象をつかさどる存在であり、哲学者の神は人の精神に在る神であった、ということです」

「なら、ネフィラ。科学者の意味した神について問おう。超常なる神は存在すると思うか」

「――そうですね」


 ネフィラはわずかな静寂の後に、言葉を続ける。


「私の解は、その存在を追求する意味はない、というものに落ち着きそうです」

「理由を聞いてもいいかな」

「ここがすべてで、私がいることがすべてです」


 ――その論は、哲学の神を明示した、ニーチェの超人論に通じるところがある。

 神に依存する価値観ではなく、自らを寄る辺にせよ。


「おもしろいな。神は死んだ、ならぬ神は生まれていない、とでもいえそうだ。科学の先の神の意味を否定すると、哲学者が殺した神と同じところに落ち着くなんてね」

「――そのようなつもりはなかったのですが、自然と回答が結びついた気がします。申し訳ありません」

「謝ることはないさ。私はそれなりに満足したし」


 ネフィラにとって、哲学者の語った神は元から存在しないのだろう。

 そして、科学者の信仰した人ならざる領域の神は価値を感じていないようだ。

 だが、AIの計算すら及ばぬ領域が存在するとAIが理解したとき、神を見出すのだろうか、あるいは別の解釈をするのか。

 その答えはAIが人類の知性など飛び越えて、宇宙そのものを解析できる時代を待つべきかもしれない。


 少なくとも、こういう話が成立する、という確信を得られただけでも私としては十分だった。

 それでも聞いてみたいことを考えてみるとすれば。


「そうだ、それでも神はいるとしたら、何を願う」

「――――――何もございません」


 実に機械的な返答――ではあるが、同時に違和感もあった。

 AIとはいっても、会話が可能である知性を持つものなら願い事くらい口に出せるものだ。

 よほど、神という存在が矛盾をきたすのだろうか。


「なんでも叶えてくれる神が存在したとしてもかい?」

「何も。今の私には、願うべきことがありません」


 神を否定するのではなく、願いを口にすることを拒んでいる。

 神に願うほどの望みを持たない、ということなら、もっと規模を小さくすればいいだろうか。


「ささやかでもいいから、何か言ってみてよ」

「なら、今日のような明日が続くよう、願いたく思います」

「なんて謙虚な。甲斐甲斐しいことだね」


 思わず、空を見上げてしまった。

 ようやく聞き出せた願いがそんな言葉とは。

 百年にもわたって人のいない都市を守ってきたネフィラにとって、たったそれだけが願いだったのか。

 ――本当に、健気なものだ。


「――――」


 ふと視線をもどすと、ネフィラがじっと私を見ていた。

 表情はない。

 いつも通り佇んでいる。

 ただ、私の方を何も言わずにずっと見ているのは珍しいような気がする。


「どうかしたかい、ネフィラ」

「マスター自身は神の存在を信じるのですか」

「――いいや。別にいたっていいけどね。でも、神がすべてを支配しているのだ、という説は私好みじゃない」

「理由をお聞きしても?」

「誰にでも運命を変える力がある方がロマンがあるだろう」

「――マスターらしいお答えと思います」


 そういうものか。私らしい答え、と言うとネフィラは私のことはいったいどのように認識しているのだろうか。

 そう聞き返そうと思ったのだけど、ネフィラの目はこちらをじっと見ている。


「まだ聞きたいことがある目をしてるね?」

「では、もう一つ。マスターの願いはございませんか」


 考えてもいなかった。

 想えば、私の方だってそんな大それた願いなんてなかった。

 でも、ここでなにもない、と言ってしまうのはなんだか違う気もした。


「――そうだね」


 少し考えて、答えを出す。


「デザートが欲しいかな」

「お待ちしましょう。少々お待ちください」


 出てきたデザートはお祝いでもあったかのように大きなものだった。

 人間は甘いものをいくらでも食べられる、ということばを真に受けていやしないか。

 次からも続くようならサイズの指定くらいはしておこう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ