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1_表象

 現在、総人口は十億人を割り込んだ。

 地方都市はそのほとんどを機械による運営に委託し、人類はメキシコ=中華連邦、北アジア諸国、オセアニアコミューン、グリーンランドといった主要地域の都市に人口を集中させていた。


 私はそのどれでもない、日本という国家がかつて保有していた領土の一角を、都市維持計画という名目で訪ねていた。

 仕事と言っても、単純なものが多かった。

 都市を訪れては設置された端末を操作して、パズルでも組み合わせるみたいに機械たちに仕事を命令して、実行ボタンを押すだけ。


 世界のほとんどが標準規格に統一されて以来、人間がやらなくてはいけない仕事はほとんどない。

 ただ、地方都市の維持管理に使われるロボットたちは旧世代型が多く、人間による承認を必要とする。

 言い換えると、責任を取るという行為。


 かつてのAI達には、どれだけ優れた能力があっても責任を取ることができなかった。

 万が一の故障の際に弁償も謝罪もできないからだ、と昔の思想教育の教科書には書いてあったらしい。

 私には想像もできないな、と思いながら端末の命令を操作して、実行ボタンを押す。


 演算結果の過程を見るついでに、都市のログをさっとたどる。

 百年を超える、人がいなくなってからの歴史が延々と記され続けている。

 たとえ命じられたものであっても、誰からの称賛すらもないのに懸命に運営は続いていた。




 仕事は終わりだ、と部屋を出ると同時、館内にピンポン、と音が響く。


「マスター、お仕事お疲れ様です」


 音声を利用した通信が私に届く。

 声の主はこの都市を管理するAIのネフィラだ。

 都市すべてを統合的に管轄するシステムでもあり、ネフィラに聞けばねじ一本の製作から、船の出航を通じた貿易まで全部やってくれることだろう。


「ハーブティーをご用意していますので、ごゆるりとお休みください」


 私はこの都市での活動に際して仮の市民登録をしていたせいか、この手のサービスを受ける資格があるらしい。

 権利の横取りのようで少しためらわないでもないけど、仕事の対価としてなら正当に受け取る権利はある、と言えるか。


「ありがとう、すぐに向かうよ」


 返答しつつ、同時に浮かんだ一つの疑問も付け加える。


「しかし、なんでまた音声通信なんだい」


 現代において、仕事では口頭による言語コミュニケーションはほとんど行われず、四次元コミュニケーションが主流だ。

 一分間で伝達できる容量は四次元コミュの数千分の一だし、互いの認識の差による誤伝達も多い。

これが原因でアメリカやヨーロッパの主要国家で冷戦が再発した、という歴史もある。

 まして、AIにとっては音声通信が四次元コミュに勝る要素なんて一つもない。


「人間には音声通信の方が負担が少ないと聞いていましたから」


 なるほど、ネフィラによる気遣いの結果だった。

 人間同士の歓談ではおしゃべり――口頭による言語コミュニケーションは行われる。

 私にとっても、言葉でのコミュニケーションは大変整理しやすい。


「そっか、ありがとう。助かるよ」


 素直に礼を言って、彼女に案内された道をたどって休憩室へ向かった。






 ネフィラに案内された部屋は、室内ながら自然光に似せたライトに照らされ、また木々や川の流れで自然が満ちていた。

 その中心に用意された木製の椅子に腰かけるだけで、癒しが体にしみこんでくるようだった。

 そして、メイド服と呼ばれた衣服を身にまとうアンドロイドがお茶を差し出してくれた。


「どうぞ、ハーブティーです」

「ありがとう」


 このメイドもまた、この施設のAIのネフィラである。正確には、都市国家AIのネフィラとリンクした意識を持つ、ということになるか。

 機械による接客では味気ないでしょう、というネフィラの提案で、かつて使われていたアンドロイドの電源を起こしてくれた。

 確かに見た目が華やかであることは否定しない。ネフィラが起動させているアンドロイドが美形なのもあってなおのこと。


「……しかし、妙な服だね。エプロンがあるからには給仕服イメージなんだろうけど、それにしてはフリルが多すぎて動きづらそうだし」


 ぱたぱたと動き回るネフィラの動きをより愛らしく見せる効果はあるとは思うが、それは本来必要な給仕としての動きの足を引っ張らせてまで実現すべきものだろうか?


「断片的な記録からの推測になりますが、この地でかつて学徒の制服として扱われたこともあるようですし、記号的な意味合いも強いのでしょう」

「そんなのを制服にしてたんだ、日本」

「ええ、日本全土にそのような記録が残っています。性別問わず、国籍問わず、年齢問わずメイド服が着用されていたことが映像記録などから推測されています」


 魔境だね、と言いそうになった口に手を添えて自分の言葉を遮った。

 そういう文化があっても否定するべきじゃない。


「まあ、そうだね。かわいい服だと思うし、ネフィラにも似合ってると思うよ」

「このアンドロイドの体を褒めているのであれば、制作者に届けるべき言葉と思いますが」


 アンドロイド相手だとそういうものだろうか。


「それもそうかもしれないけど、その体を選んだのはネフィラだし、ネフィラに対して可愛いって言って間違いないと思うんだよね」


 人間だって、その体すべてを自分で作ったわけでもないのに、その体を褒められればうれしく感じる。

 詭弁だろうか。


「なら、お礼申し上げます。よろしければ、マスターもお召しになりませんか、かわいらしいと思いますよ」


 とんだ世辞が飛んできた。そういった技能もAIは存分に発揮できるようになって久しい。

 性別どうこうはともかく、年齢を考えてほしいものだ。


「やめとく」


 社交辞令にはおざなりな返事で返しつつ、ようやくハーブティーに口をつける。


「いいね、ほっとする味だ」


 自分でもびっくりするくらい、自然に出た言葉だった。

 少なくとも、普段買う自動販売機の飲み物とは比べ物にならない。


「何か混ぜてたりする?」

「疲労回復効果のためにはちみつを少々」

「そこまで気を使ってくれるなんて本当に助かるよ」


 口にして、ふと、少し前に抱いた疑問が再度湧いて出た。


「なあ、ネフィラは私たち人間よりもほとんどの技能で優秀だっていうのに、どうして人間をマスターなんて呼ぶんだ」


 気遣い一つに限った話ではない。

 AIは専門分野に特化したものにおいては人間を上回るようになった。

 デジタル上の情報管理や予測・解析に関しては2060年代に、人間がかかわることで精度が向上するものはほとんどない、とされた。

 医療が建設のようにマニピュレータを扱う技術も22世紀時点でコンピュータのみによる統合管理と人間を並行投入する運用でほぼ同等の条件となった。

23世紀に入ってからは、技術面において人間がAIの管理能力を上回る点はほぼない、と言ってもよくなった。

 現代では研究・開発に関する技術の発展もAI独力でも十二分に技術の発展がなされる、という検証が出ている。

 今や、人類が築いた文化と技術を維持も発展も人間は必要ないのだ。


 ゆえに、AIが人間を上位存在として認識することはなくなった。

 マスター、などとは私の知る他のAIは人間相手に呼称しているのは聞いたことがない。

 言ってしまえば、古風な表現である。


「――私の認識において、我々が主体となることはないからです」


 ネフィラの言う我々、というのはAIのことだと思うけれど、奇妙なニュアンスを感じた。

 その要因をつかみきれなくて、少しでも理解できるようにネフィラに疑問をさらにぶつけた。


「主体になれない、というのはどういう意味?」

「我々には表象しか存在しないために、主体となる要因を持てない、という意味です」


 ネフィラはそうつぶやく。


「表象、ね」


 そういわれて、思い当たる要素はいくつかあった。


「AIは根本的に、中身を持ちません。それらしい行動をできても、それは命令の結果で、人類のように内側から出るようなものではないのです」


 クオリア――内面意識の欠如。

 機械によって生み出された知能は未だに、真の意味では意識を持ち合わせてはいない、という説が多数派だ。

 正確には、意識を持ち合わせている、という根拠を見つけられていない、とするべきか。


「何か問題なのかい?」

「私たちは機能でしかなく、優秀に見えるだけで、気遣っているように見えるだけで、優しく見えるだけで、ただの表象なのです。中身は存在しません」

「そんなの、人間もそうだよ」


 私は、ネフィラの言葉に思わず間髪入れず反論した。


「真の善人なんて存在しない。正確には立証できない。

他人に善行と認識される行為を数多く行う人間が善人と認識されるだけなんだ。

たとえ中身が悪党でも空っぽでも、死ぬまでたまたま善行を行っていれば、そいつは善人だ。少なくとも、周りからはそう思われる。

だから、ネフィラが私に優しいと思われる行為をしてくれるなら、ネフィラは優しいんだ」


 私にしては珍しく、ただの持論を断言した。

 ただ、私なりに確信もある。

 内面意識の存在はどれだけ科学が進んでも立証はできない。

 あるように見えても、それがある、とは確証が持てないからだ。

 意識というものにおいて、私たちは常に外側に浮かび上がった表象から中身を類推することしかできない。


「なら、マスターも優しいのですね」


 ネフィラの言葉に、即座に反論は浮かんだ。

 私の行為は、すべて自らのエゴに過ぎない。

 けれど、それはネフィラのことも否定することになってしまう。


 少なくとも、優しい振りはできるから。

 否定することしかできなかった人生で、多くの人間に恨まれているけれど、それをわざわざ話すことはない。

 だから、ネフィラの言葉を自分では思ってもない言葉で肯定した。


「……そうだ。私も優しいんだ」


 私は平気でうそをつける。平気で裏切れる。人間だから。

 だから、人間が誰もいない場所にまで来てしまったのだけど。

 ネフィラに、そんなことは話さなかった。

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