表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

プロローグ:この世に善人はなし

 この世に善人はいない。いるように見えるのであれば、それは善行に見える行為を行い続けているにすぎない。

 善とは何か。

 正義とか、平和とか、誰かの助けになることとか。

 車がようやく空を飛ぶようになってなお、正しいものを世界は、いや、社会は見いだせなかった。





 ある日、地球の総人口が下り坂に向かった。

 そして、最盛期の半数になったころ。


「人類は生物としての成長期を終え、衰退へと向かうことになった」


 人類最後のノーベル賞受賞者がそのような言葉を残した。

 人類は、発明を終えたのだ。

 正確には、人類は今も工夫を繰り返しはする。研究を続ける。開発も人間の手のうちにはある。


 ただ、その度合いを正確に測る機械が生まれてしまった。

 この発明が、どれほどの発明であるのか、という度合いだ。単位は1ノーベル。1ノーベルを超えると、一年に一度の発見。

 10ノーベルなら百年に一度、100ノーベルなら一万年に一度。指数関数的に発明の人類への影響度が増大する。


 地球の自転周期の都合もあって正確にはそれよりほんの少し長いが、ともかく、人間は発明の価値を理解できるようになった。

 時間流への影響度を図る、という代物だ。

 時間定規、と発明者は呼称した。無数に文化が生まれ、無数に発明が生まれるようになった時代で、どれが一番偉大で、誰が栄誉を受けるべきなのか。

 時代への貢献度を図る定規、タイム・スケール。それが、人類最後の偉大な発明となった。


 なぜ最後の偉大な発明なのか。それは、のちに生まれたものが、0.1ノーベルにも満たないものばかりだったからだ。

 いや。その前に生まれた発明と呼ばれたものも、同様の価値しかなかった。

 発明は、すでに飽和しきっていたのだ。

 電流が生まれてからの三百年で、人類という種が生み出せる世界を変えうる発明はほぼ狩りつくしてしまっていた。

 件の最後のノーベル賞、タイム・スケールでさえ、せいぜい0.7ノーベル――三百年で同レベルのものが六百は生まれてきた――で、

 それ以外の発明は一日に一度生まれるレベル、つまり、三百年換算なら十万以上の同レベルのものが世界で誕生していた。

だが、ノーベル賞受賞者は三百年で十万人もいない。


「つまり、末期のノーベル賞というのは偉大な発明に賞を与えていたのではなく、ただの権威付けに過ぎなかった」


 最後のノーベル賞受賞者はそう言い残して、わざわざ紙に賞状を印刷し、盛大に破り捨てるパフォーマンスをした後、すべての連絡先を破棄して行方を断った。

 その数日後、ノーベル賞を選出する十五代目の団体は休止を宣言した。

 百七十一年経った今、似たようなことを試む団体は数多いるが、かつてのノーベル賞ほどの権威を持つものはない。






 電気を生み出し、遠距離通信を可能にし、インターネットを繋ぎ、スマートデバイスを作り出し、四次元コミュニケーションを確立し、時間粒度高機能化による寿命の延長まで果たした人類。

 彼らは、技術の成長による幸福の享受を受けることができなくなっていた。

 それでも社会は存在し、また、より幸福になろうと、または不幸を取り除こうと、社会は動き続けた。


 だが、幸福という言葉を社会すべては享受できなかった。

 正確には、どこまで幸福になればよいのか、誰にもわからなかったのだ。

 今よりも良い食事を、眠りを、家を、娯楽を、求め続けていく。

 際限ない幸福の探求は、社会が支え切れるはずもなかった。

 技術の発展の上限が見えた以上、人類は宇宙にある資源で幸福を分配するしかなかった。


 そして、平等という定規を使うようになった。

 誰かの幸福を切り取って、不幸であろう誰かに押し付ける行為。

 とても良いことのように語られた。

 このころには宣伝活動(プロパガンダ)というものは洗脳にも近しい精度で行えるようになっていたから、誰も反発しない。

 誰かの私利私欲で行われることもないくらい、法は整備され、裁判官はシンギュラリティを三度乗り越えたAIによって執り行われる。


 完璧なはずだった。

 だが、人類は衰退の道をたどっていった。

 理由は定かではない。ただ、誰かは確信をもっていった。


「人類という種の寿命だよ」

時間粒度高機能化:

時間操作を現実空間に作用させられた技術の一つ。

主に人間の老化を人体の生物的側面ではなく、そもそも時間を遅らせることで防止させてしまえばいいのではないか、と言う発想から生まれたもの。

正確には同一時間ループを利用したもので、時間が遅れているのではなく、同じ時間を繰り返させることで結果的に遅れた反応が返ってくる、という手法。

物体の保存などには22世紀初頭時点で止蔵庫に利用されていたが、当時は保存容器を丸ごと停止させるため現代の止蔵庫とはかなり様式が異なる。

人体の老化防止に利用されるようになったのは脳意識の時間流遡行が可能になった23世紀から。

現代では当然のように利用されている技術ではあるが、今我々が知るような形式になったのは比較的最近のこと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ