僕と彼女
動物はいい。
愛情をかければ素直に返してくれるし、何よりも触れ合っているだけで癒される。
小さい頃からの動物好きが高じて獣医学部に進み獣医を目指す中、僕はペットショップのアルバイトを始めた。
そのペットショップは子犬と子猫だけを扱っている店だ。
生き物を売り買いすることは人間のエゴだと思う。
それでも彼らがそこでしか生きられないなら、僕は心を込めて世話をすることで少しでも愛情を感じてほしいと思った。
そう思いながらバイトを始めてしばらく経った頃だ。
ペットショップの向かいに設置されているベンチに時々同じ女性が座っていることに気づいたのは。
特に決まった日にいるわけではないが、フラッとやってきてはしばらくベンチに座りじっとこちらを見ている。
こんなことを言ったら自意識過剰と言われそうだが、最初は僕のことを見ているのかと思った。
というのも僕の容姿は世間一般的に整っていると言われる部類で、今までも見ず知らずの人にじっと見られたり声をかけられたり、挙げ句の果ては跡をつけられることもあったからだ。
正直芸能人とかの見られる仕事に就くのでなければ整った容姿なんて邪魔なだけだと思う。
そんな理由もあって、僕はある意味彼女を警戒していた。
彼女は常にきっちりとした格好をしていたからおそらくどこかに勤めている社会人なのだろう。
パッと見た感じはいたって普通の人だ。
僕の周りには自分に自信のあるタイプが集まりがちだったから、そういう意味でもあまり見かけないタイプといえた。
彼女の存在を何となく警戒しながらも可愛い子猫に癒されつつアルバイトをしていて、そしてしばらくして僕は気づく。
彼女が見ているのは僕ではないということに。
というのも、今まで一度も彼女と目があったことがなかったからだ。
彼女の視線は常に僕の手元に向けられている。
(まぁ、たしかに子猫たちは可愛いからな)
ペットショップで僕が担当しているのは主に子猫だ。
世話をし始めた当初はこちらを警戒していた子猫たちも、愛情を込めて触れ合い続けているとだんだんリラックスしていく。
その様がとにかく可愛くて、仕事でありながら自分自身も癒される、そんな時間だった。
そうやって過ごしていくうちに僕は彼女のへの警戒を解き、そして新たな事実に気づく。
時々やってくる彼女はいつも疲れたような顔をしていた。
暗い表情で元気がなさそうで。
大丈夫なのか心配しながら様子をうかがっていると、子猫たちを眺めながらだんだんその表情が変わっていく。
疲れた顔から穏やかな顔へ。
彼女の滞在時間はその時々で違ったけれど、帰る頃には微笑みを浮かべるくらいになっていることに僕は密かに安堵していた。
だからその日、いつになく彼女の表情が暗いことは最初から気になっていたのだ。
いつもならどれだけ疲れた顔をしていても視線は子猫たちを追っていたのに。
ひどく辛そうな彼女にいったい何があったのか。
気にしつつ仕事をしながら様子をうかがっていると、とうとう彼女はうつむいてしまった。
その顔に浮かぶのは虚無感だろうか。
気になって、気になって。
どうしてもそのままにしておけなくて。
とうとう、僕は声をかけてしまった。
「あの!」
呼びかけに彼女は反応しなかった。
気持ちが挫けそうになりながら、僕はもう一度声をかける。
「あの、よろしければ子猫を見ていきませんか?」
自分が声をかけられていることに初めて気づいたのだろうか。
少し驚いたような顔をした彼女の瞳と、しっかりと目が合った。
「……え?」
彼女の口から小さな声がこぼれ落ちる。
「よくいらっしゃっているので猫が好きなのかなと思ったのですが、ご迷惑でしたら申し訳ありません」
変な人から声をかけられたと思っただろうか。
ドキドキしながら見つめていると、彼女がふらっと立ち上がった。
そして一歩を踏み出す。
それが、僕と彼女の出会いだった。
読んでいただきありがとうございました。
このエピソードで完結となります。
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