表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/15

09 一文無し、未知のダンジョンに潜る(5)【セルリア視点】


「兄さまもルイさまも酷いです。

いくらダンジョンは聖職者の天敵とはいえ

危険な場所に一人で行けだなんて」


ダンジョンの内部に足を運んだ後、あまりの恐怖に泣きじゃくっていた。

当然と言えば当然だろう。先の見えない暗闇は、未熟者である者にとって恐怖そのもの。


「ふーんだ!一週間はあの二人を無視しちゃいますからね!」


…以外にも恐怖から足が立ち竦むことはなかった。

日頃、皆から言われる天真爛漫な性格故か。


「でっかいドラゴンもスケルトンの軍団も。

聖職者である私の前では無意味なのです!対処法を知ってるから

避けて進むのはおちゃのこさいさい!」


一つだけ懸念点を上げるとすれば、時折落ちる水滴の音。


「…!また落ちた…。怖い…」


それが怖くてたまらない。張り詰めた思いも、空元気も直ぐに崩れ落ちてしまうから。


「うぅ…怖いから配信つけます…」


松明の炎も、決して今の心を照らすことは無い。

慣れた手つきで配信ボタンを押す。沢山の見てくれる人、画面の光が、今の私の唯一の救い。


でも……ダンジョンの中で一人だと考えると

やっぱり怖いので雑談をしながら進むことにする。


「皆さんこんにちわー!みんなのアイドルセルたそで~す!」


『生きがい』

『待ってた』

『おつ』

『ここってどこなの?』


「えっとですね、まだ公の場には出ていないダンジョンらしいです。

たまたま見つけちゃいました」


『流石セルたそ』


「もう!褒めたって聖なる拳しか出ませんよ!」


聖印の握りしめた拳から光が漏れ出て、暗闇に飲まれていたダンジョンの

全貌は露わとなる。そこは見るからに針の飛び出してきそうな穴や

若干床がぬかるんでいるところ。

他にも挙げればキリが無い程に恐怖心を煽ってくる。


『気を付けなよ。このダンジョンの構造はまだ誰も分からないんだから』

『うわ、上にスライムいんじゃん』


次の階層へと行くためには、梯子を上って…様々な危険地帯を抜ける必要がある。


「この梯子ぬるぬるしてる…」


『セルたそは俺が守る!』

『いや俺だ』


「えへへ、ありがとうございます」


梯子を上りきる。そこにはスライムがうじゃうじゃと群がっていた。

その数およそ数十体。


「ひっ!気持ち悪いです!」


恐怖で震える手を押さえつけて、聖印を握りしめる。

照らされた拳を目先に向けて放つと衝撃波がスライムを襲う。

次々に形を崩され、体は水たまりのように地面に染み込む。


『一撃で全滅かよ…』

『強すぎない?』

『最強かな』


「いやいや…所詮スライムですからね。

世の中には上がいますから」


称えられて悪い気はしない。言わば慢心。この一言に尽きるだろう。

セルリアは聖職者である以前に、十五歳の少女なのだ。

まだまだ成長途中である。

だが、残念なことにこの場で

最も強き者は後にも先にも彼女一人しかいなかった。


「でも!このスライムの軍団を一撃で倒したのは変わりない!

どんどん突き進んでいっちゃいますよ!」


『あれ?なんか崩れ落ちる音しない?』


「え…?うわ…!来た道が崩れてる…?!」


手入れのされていない奥底にあるダンジョン。

衝撃波で、元より脆かった床は崩壊し始めていた。


『逃げろセルたそ!』


「ど…!どこに!」


『とりあえず前に突っ走れ!』


崩壊する床を一心に走る。がしゃがしゃと崩壊する音だけが耳に響く。

音だけに身を任せ、心ここにあらずといった様子。

やがて、カチッと床から軽い音が鳴る。


「どひゃああ?!」


『セルたそぉぉぉぉぉ!』

『壁から針がぁぁ!』

『美しい肌に風穴が…!』


複数の鋼鉄で出来た針が体に突き刺さる。


『…あれ?』

『逆に針の方が折れてね?』


崩壊する床と飛び出す針の数々。

そんな状況下じゃあ正常な判断も出来なくって。


『おい!もう大丈夫だから止まれって!』

『体に穴なんて空いてないよ!』


ここで死ぬかもしれないという恐怖に囚われ

疾うに次の階層へ行くための階段へと走り出していった。


螺旋の階段をぐるぐる、ぐるぐる回り続け、ようやく次の階層へと辿り着いた。

目に映ったのは長方形の部屋。中央には一体の魔物が佇んでいた。


『もしかして……マンティコア?!』


部位ごとに 獅子の顔、山羊の胴体、毒蛇の

尻尾を持ち、その目は赤く光っている。

それに屍ときた。人を殺すことに特化したこれ以上ない魔物。


『逃げろ!』

『まずいってまずいって』

『せめて落ち着け』


滅多な冒険者で無い限り普通の人間は足が竦んで動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

その隙を逃さんと、マンティコアは毒牙を剥く。


「敵ですね?!敵なんですね?!

どうしてか弱き乙女を…!ほっそりとした腕

柔らかな体を見ても何とも思わないんですか…!」


『なんでマンティコア相手に人間語で喋ってんだ』

『可愛い…じゃなくて!』

『マジで死ぬよ』


だが、それは正常な判断を下せる人間に限る。

セルリアは極度の恐怖で……


『は?』

『マンティコアだよね?』

『二体に分裂した?』


普通に動けていた。


否、身のこなしは人間の域を超えていた。

毒蛇から獅子まで、手刀一つで真っ二つに裂く。


無論マンティコアも不死の屍である。肉体はいずれ再生する。

しかしどうだ。腹をおおっぴろげに晒して 地面に伏している。


『見えんくなった』

『息遣いしか聞こえん…』


本能で理解してしまったのだ。勝てないと。

証拠に、涙が浮かび上がっていた。


歴史上初の屍の服従である。しかし画面上には

必死の形相で階段を駆け上がるセルリアが目いっぱい。

傍ら程度にしかマンティコアは映っていなかった。


「もう大丈夫…?」


『セルたそつっよ』

『これは明日ニュースに載るな』

『よくあの場で立ち向かおうなんて判断出来たな』


強いという単語に些か疑問を抱く。

セルリア自身、がむしゃらに拳を振るい頭の中は

冷静のせの字も感じさせない程には混乱していた。


それでも、ここで己の弱さをさらけ出すのは違うだろう。

そう踏まえ、いつもの調子で視聴者に微笑みかけた。


「私は最強ですから!…ここはいつもの部屋とはまた違った雰囲気がありますね」


『宝箱あんじゃん。それに二つ。』

『良いものありそ』


「わ、ほんとだ」


部屋の中央、若干手前寄りか。

茶色の塗装の施された、至って普通のどこにでもある宝箱。


「これ…秘宝?!」


透き通る球体の宝石。こんこんと指の腹で叩くと、 重厚感がある音が響く。

まさしく隠された宝の名称に相応しい代物だ。


「…まだお二人は来ていないのでしょうか…?」


部屋には三つの扉があった。

一つはでかでかとした精緻なデザインの扉。


セルリアが開いた扉の真横には、もう一つの扉が

開かれること無く佇んでいた。


「やったやった!秘宝二つもゲットしちゃいました!

このままどんどん突き進んで一番にゴールしちゃいますよ!」


まぁ、あの二人なら大丈夫だろうと。

セルリアは巨大な扉の先に足を踏み入れる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ