08 一文無し、未知のダンジョンに潜る(4)
「死にな…さい!」
何度殺しただろう。何度歩き続けただろう。
巨大な、ある一室に横たわる巨大なサソリ。
ルイがこつんと杖で小突くと、瞬く間に灰に成り果てる。
「えっと、こういう扉の先にいるやつは中ボスって解釈でも良いのかな」
「中ボスねぇ…」
今すぐにでも帰りたいといった様子で我先にと先に進むルイ。
幾ら熟練の冒険者であるとはいえ、数十時間も経過していれば当たり前。
見るからに疲弊しているのが分かる。
「このサソリは毒を飛ばしてきた」
ルイは道中の小石に目線を落としながら呟く。
「ねぇ視聴者のあんた達。
もし見てる人がいるのなら聞くわ。
一個前の中ボスはなんだった?」
『…ゴブリンの長って言われてるゴブリンロードだっけ』
『さらに前がトカゲだったよね。火吐いてた奴』
「そうなのよ」と低いトーンで。考える素振り、神妙な顔つきを見せる。
ルイの勘は決まって当たる。結果がどうあれ、あのルイが、というやつだ。
「一般的にはトカゲよりゴブリンロードの方が弱いと思うの」
『アホみたいにでかかったしね』
『あれはルイちゃんにしか倒せないよ。
ついでにユルトも頑張ったね』
流石の俺も、ツッコむ気力が湧かない。
ルイは、突然褒められたことに少しだけ戸惑いつつも
咳払いをして、気怠そうに話を続ける。
「うるさいうるさい。
女の言っていた【下】
あれってダンジョンがまだ続いていて
私たちは上へと帰還してるってことじゃないの?」
「でも、現に今だって付けてるこのキモイ生物。
じゃあ上のやつらはどうやってここまで来るんだって話だ」
「うんと…このダンジョンは中部からが始まりなのだー!なんて…」
なんと可笑しな話であるか。疲弊から
来る妄想だと。そう片付けて、意見は一理あるとだけ言っておこう。
「あーあ、もう疲れちゃった!ねぇユルト?
もう隠れながら進みましょうよ」
「配信中にあるまじき行為」とでも言いたいが
ルイの意見には賛成だ。流石に先へ先へと
進んでいくのは精神的にも肉体的にも辛いものがあるからな。
『案外イチャイチャを見るのも退屈しないよ』
『末永く爆発してくれ』
―――程ほどに歩いた。状況は、まぁ変わらず。
沈む足場を抜き足差し足で潜り抜けたり
寝落ちしたルイがスライムに飲み込まれて皆で大慌てしたり。
波乱万丈ありながら、何とか攻略の手掛かりは掴めていた。
「見て、いっぱい蝋燭があるわ」
『蝋燭がいっぱいあるね』
『皆疲れて語彙力が低下しとる…』
「照らされてんなぁ」
蝋燭が等間隔で置かれて、奥には巨大な扉が鎮座している。
大扉に両手を押し当てたルイは深呼吸を挟んでから、ゆっくりと押し込み扉を開く。
埃被った部屋が蝋燭に照らされる中、異質なまでに存在感を放つ土気色の物体が。
外とはまるで違う空気感、肌寒い気温に頬を伝う水滴。
暗闇で満ちて、先の様子は見えないが何かがいることは確実だ。
「あれは…ゴーレム?」
重い足音を響かせながら、のっしりと歩くゴーレム。
本来、土塊の魔物として発生するはずのゴーレムが別の物質で構築されている。
異質で、確実に何かが違う。そう証明するには十分過ぎるのだ。
『普通のゴーレムじゃなくね』
『ゴーレムっていえば、土色だと思うんだが…』
「そう。あれも、きっと不死の者ってことね」
翡翠色の目玉がぎょろりとこちらを捉えて離さない。
ゴーレムは腕を大きく振り上げ、その豪腕で地を抉る。
砂埃が宙に舞い、視界を曇らせる。
思わず目を覆うと、その隙を狙ってゴーレムは猛進する。
「あんた少し時間稼ぎして頂戴!」
ゴーレムの目前にまで迫ったところで短剣を抜き、 一刀両断に切り伏せる。
しかし、その傷も瞬く間に修復され元の姿へと再生した。
尚猪突猛進するゴーレムを刃の部分で受け止める。
歯軋り音が鳴り響き、ゴーレムの力に押される。
「おい!早くしてくれ!」
『こいつ死ぬぞ』
『相撲かな』
『のこったのこった』
ルイに視線を向ける。手元には炎を纏い、杖に灯すと
杖の先はたちまち炎の渦へと化した。
振り回し、ゴーレムに叩きつけるように薙ぎ払う。
体に生え伸びる木の根に引火して、ゴーレムの体に纏わりつく。
鎮火しようと必死に体を揺らし、何度も
ダンジョンの壁にその体をすりつけながら炎を消そうとしている。
「こんなとき…聖職者がいれば良いんだけどね…!」
『炎魔導士かと思ってた』
「あいつは口こそ悪いが、将来大成すること間違いなし。
俺、ルイのこと全て含めて信頼してんだ」
ゴーレムの内部、人の体内であれば心臓周り。
根が焼け剥がれ、どくどくと脈打つ心臓部をさらけ出す。
そこに頂点の光る杖を突き刺す。
ゴーレムは断末魔を上げ、その巨体を地に伏すのであった。
「なんとか勝てた…」
へなりと萎れるルイに手を貸して、 目の前の螺旋状の階段に目を向ける。
「あ、また登るのか」
階段を前にして、ルイは口を開きたげな顔でこちらを向く。
その目は、まるで何かを訴えかけているようにも見えたが
視聴者もそれは同感のようだ。
『なんか魔物弱くなってない?』
『最初は龍とかだったもんな』
『ユルトって奴が全部倒してたけど、それでも俺は幻影魔法だと思ってる』
『ルイちゃん強い。ファンになりそう』
「上に上がるほど単独撃破も出来るくらいになってるのよ」
螺旋階段は何度か続いている。
筋骨隆々とした屍兵だったり
ゴブリンの長であるゴブリンロード。
どれもが一騎当千の実力を持つものばかりだ。
俺が囮となり、疲弊したところをルイが仕留める。
その光景はしかと画面上に映し出されているはずなのに。
「くそう…いつかは偽物じゃないって証明してやるからな」
『がんばれ』
『うん』
『登録はしないけど頑張って』
「時間は限られてるんだし、さっさと行きましょ」
「おい」と突っ込みをひとつまみ。
少しくらい訂正の口ばさみをしてくれてもいいのに
と心の中で思いながら、ルイの後に続き階段を上る。
「……」
「……」
『……』
『……』
『……』
階段を上り始めてから数分経過。
言葉のない静寂が続く。それまでに会話は一切なく
足音だけが右へ左へと進み続けるだけだった。
暇を持て余す気持ちと気まずさの入り混じった思いがコメント欄にまで伝播する。
『急に口数が減ったな』
『なんかあったんか?』
『あるある』
「はぁ…いい加減この空間にも飽き飽きしてきたわ…。
ねぇユルト…何か話しましょ」
「…結局どこなんだろうな。長年冒険者をしてきたが
ダンジョンの下に街があるなんて、見たことが無い」
「それは…私も同感。ここは、もしかすると私たちは歴史的な発見をしたのかもしれない。
だから、絶対に生きてここを出なくちゃいけないわね」
やがて、広々とした空間が広がっている部屋に着く。
しかし、確実に、以前の部屋とは何かが違うといった雰囲気を醸し出す。
「…なんでここに空箱が?」
二つの空箱が目の前に鎮座している。
中は埃も被ることなく清潔気味であることから
開けられたのはつい最近だということが伺えた。
「セルリアかな」
「…だといいけど」