07 一文無し、未知のダンジョンに潜る(3)
「じゃあ一人で頑張ってね」
「無理ですぅ…!むりむりぃ…」
半ば強引にセルリアはルイに引きずられ、服の袖がだらしなく垂れさがる。
ダンジョンの入り口は二手に分かれていた。
どちらも暗く、洞窟のような造りとなっている。
魔物の不気味な声が絶え間なく響き渡って、セルリアはその声に畏怖の顔を浮かべる。
「あなたは聖職者で、私とユルトは剣士と魔導士。
魔導士もダンジョンに住まう魔物を
殺すことは可能でも、聖職者と比べると決定打になることは少ないわ」
地上に生息している魔物とは違う種と言われており
地下深くに生息する魔物は、必ず一度死を迎えている。
それらは物理的な攻撃は効かず。聖職者が扱う【祈祷】が主な対処法とされている。
『悪魔』
『セルたそかわいそ』
『顔だけの女』
「うっさいわね!」
悪魔と蔑称されてもなお、その言動には一切のブレを見せない。
隣でコメント欄と争うルイを他所に、慌てふためくセルリアに手を拱く。
「お前は自身の実力に気付いていないだけで本当は強いんだぞ?」
「どうしてそんなこと分かるのですか…。私の配信でも
こそこそと見ていたんですか?」
「俺の妹だからだよ」
ぷいっとそっぽを向くと、セルリアは腹を抱えて笑い転げ
更には涙まで流していた。よほどツボに入ったようだ。
しばらく経ってから目を擦りながら立ち上がる。
その顔はいつもの天真爛漫な顔に戻っていた。
「私が秘宝とやらを持って帰る姿、ちゃんと画面に納めてくださいね」
「あぁ。おーいルイ」
今だ喧嘩は続いていたみたいで「なによ!」
と振り向きざまに怒号が飛んできた。
セルリアは身振り手振りで状況を説明する。
ルイはそれを聞いて、渋々ながら承諾したようだ。
「私から言ったことだけど…やっぱり大丈夫なの?」
「まぁ…何とか頑張ります」
手足を震わせながら、それでも決意を宿した瞳をルイに向ける。
「そう…じゃあ頑張ってね」
ぎこちない動きでセルリアはダンジョンの奥へと足を踏み入れると
次いで中へと足を進めるのであった。
時計の針が丁度上を指す。
はぁはぁと、息を荒げ
長年使われていないであろう負清潔な梯子を一歩、また一歩と登る。
時折、蝙蝠の羽音や足音が聞こえ、その度に「ひっ」「きゃあ」のような声にもならない悲鳴が。
「もう…随分と登ったんじゃないの?
どうしてこんなにもずうぅっと登らなくちゃならないのよ」
『大体どれくらいの時間登ったんだ?』
『それだけこの場所が深いってことじゃないの』
『出現する魔物も、外と比べると気味が悪いから配信向きじゃねぇな』
「一日は流石に経ってないにしても
数時間は覚悟していた方が良いな」
「ダンジョン名物。唯一の喜びである宝箱も…」
宝箱を軽く叩くと、反響音がダンジョン内に響き渡る。
それどころか鍵穴すらなく、本当にただの入れ物でしかなかった。
「秘宝とやら一点狙いになりそうだわ」
「もちろん」と付け加えルイは指を差す。
秘宝は私の物なんだから!とでも言いたいのだろう。
「良いよ別に」なんて言ったら髪先を手でこねくり回しながら
足をパタパタと揺らしながら喜びを露わにするのは、ルイのいつもの姿である。
「それより、あんたは良いの?
お金無いよって言っていたってセルリアが」
「俺にはこれがあるからな。
登録してくれればその分金だって増える」
『おい!ゴブリンが来てんぞ!』
『数が多い。死者なら尚更だ』
「数は十…ね。でも、死者ならその倍と考えていた方が良いかも」
縦一列に、粗悪な剣に舌なめずりをしながら
じりじりと距離を詰めるゴブリン。
ルイの唾液を呑む音が聞こえた。
「俺に任せとけって」なんて冗談交じりの発言に、いつもは辛辣な
視聴者もこの時ばかりは、無視を決め込んでいた。
「俺は自他認める最強なんだからよ。
ちょっとは信頼を置いてくれや」
【地鳴りの召喚】
横幅の窮屈だった空間は地面を激しく揺るがせては
勢いを増しながら、平たい岩が突き上がって丁度の良い足場を作る。
突然の地鳴りにゴブリン達は戸惑う素振りを見せた。
だが、束の間。彼らにとってメリットでもあった。
「こいつら…俺が生成した足場だってのに
こうもずかずかと…!」
「もう話をする余裕も無さそうよ。
見てごらんなさい、深い深呼吸をして、己を奮い立たせることもできなさそう」
『いつもそんな面倒くさいことしてるの?』
「でも、怖いもの。怖いものに目を向けるには
怖くないって思うしかないのよ?」
琥珀色の淡い光放つ杖を握り締めながら
両手を異様なくらいにプルプルと震わせてジッと目を堪えているルイ。
「俺もついてるんだ。気張れとは言わんが
まぁなんだ、安心しろよ」
ルイは冗談半分の発言に、一度「はいはい」と軽くあしらった。
基本、魔導士は後方からの支援が主。
定位置に付きながらいつでも準備万端と杖を軽く振り回している。
何気に少しのはにかみを見せていたのが嬉しかったりも。
「あんたは前衛で!何かあったらカバーするから!」
目で合図を。
短剣を逆手に構え足音を響かせた。暗がりから突如現れたゴブリンを真っ先に斬りつける。
斬撃は分厚い皮を貫き、肉に刃が食い込む。
真っ二つに割れたゴブリンではあるが、流石に死者といったところか。
「ルイ!」
「はいはい、あんたは人使いが荒いっての」
『あれって聖魔法?』
『ルイって聖魔導士なんだ』
「いやいや、この程度で決めつけるのはまだ早いぜ?」
光がゴブリンの体内に入り込んで、隙間という隙間から入り込む。
するとどうだ。じわじわと再生を始めていた肉体が途端に崩れ生暖かい血液が肉塊から流れ落ちるのだ。
『…まだ生きててワロタ』
『しんどらんやんけ!』
『まだ肉体自体は生きてない?』
『聖職者の祈祷と比べると決定打に欠けるからね』
視聴者の疑問に答えるようにルイが口を開く。
「あぁ。でもルイの場合だったら?」
人差し指を左右に振りながらのんのんと。
まぁ、割と視聴者たちの反応は予想通りだったが
ルイは活気の良い指パッチンを鳴らした瞬間、指の先には一つの氷の球体が生成されていた。
球は冷気を放ち、揺らめくとゴブリンの肉体へ着弾する。
円状のそれは、とてもじゃないが誰かを殺す者とは思えないほど小さかった。
それでも、ゴブリンの体に触れた瞬間には、再生の余地がないくらいには
体全体を凍らせていた。
「ご清覧ありがとうございました」
一つの氷像を背にしながら、ルイは深々とお辞儀する。
まるで、次はお前の番だと言いたげな目をしながら。
『大魔導士か…』
『もしかして大魔導士様のメンバーでもあるユルトも…?!』
返答を返す前に、鼓膜を揺さぶる金切り声に似た鳴き声がダンジョン内に響き渡った。
しかし、その背中が答えることになる。
聖魔法を宿した短剣を握り締め、俺は走り出していた。
駆けだす姿勢を取ったその足が、一歩地面に着く。
『ゴブリンは?』
『どこ?さっきまでいたよね?』
まさに、瞬間、刹那。霹靂の如く
ゴブリンを斬りつけた剣筋は、完全なる死角を捉えていた。
ゴブリンの首が刎ね、空中で死を迎える中、首を蹴飛ばしては次の獲物へと意識を切り替える。
十にも及ぶゴブリンはあっという間に姿を消して
大魔導士が数十秒は掛かったであろう魔物を、ものの数秒で殺したのである。
『こいつ…もしかして強いのか…?!』
『登録しました』
『もしかしたら、こいつが次世代の討伐配信を背負う人材なのかもしれない』
視聴者は驚愕し、ルイは「そのくらい当たり前」
と言いたげに頷く。これがいつもの俺だって、そう信じてもらえるよう
豪快に笑ってこう言うんだ。
「登録お願いします!」