02 一文無し、偽物扱い
「唾液とは別の分泌物があるなぁって思ってたけど
あれって油だったんだな」
『油で対象を燃やしやすいようにしたのか』
『賢いな。お前みたいな単独で挑む馬鹿とは違って』
「とことん馬鹿にしてくんじゃねぇか」
などと文句の一つでも言ってやろうかと思ったが
ここいらで怒ってしまえば、忍耐力の無さから直ぐに見放されるだろう。
『上から来るぞ!』
怒りをグッと飲み込み、音のする方へと目を向ける。
紅龍は翼を羽ばたかせ、突風を巻き起こしていた。
砂嵐が巻き起こり、人程度簡単に吹き飛ばしてしまいそうな強さの風が周囲を襲う。
小石や木やらの集まった砂嵐。それらが体中を掻っ切っていたのだ。
流石の自他認めるくらいの最強
である俺も「うおっ!」と情けない声を上げながら体勢を崩してしまう。
咄嗟にスマホのカメラを上に向けるも既に遅かったようで。
次の瞬間には画面いっぱいに紅龍が映し出されていた。
『死んだな』
『これは流石に……』
『ここに眠る』
けたたましい声が響き渡り、紅龍は俺との間を取った。
脇腹には鱗の剥げた痕が残り口元から血をダラダラと垂れ流し
怒り狂った様子でこちらを睨みつけていた。
対して俺はというと少しの距離を取って……ただ突っ立っていただけ。
短剣を握りしめて棒立ちすることを絶やさない。
『わけわからん』
『なんで生きてんの?』
「効き目悪いな…」
『は?あの短時間でこれは十分過ぎるって』
「そういえばルイのやつ、水魔法が有効って言っていたな」
『ルイって誰だ?』
「俺の元パーティーメンバーだよ。魔導士でめっちゃ強いんだぜ」
【魔導士】【剣士】【聖職者】
基本的な役職はこの三つ。
本当は、もう一つの役職があるのだが
それに適正する者は世界でも片手で数えられる
程度にしかいないため、言う必要はないか。
話を戻すと、ルイは魔導士に属する。といっても
魔導士の中にも種類があって火の魔導士だったり…水や風やら。
とまぁ、様々な種類がある。その中でも、ルイは魔導士の上に君臨する。
名を【大魔導士】
上級魔法を扱える者の別名。
大魔導士にも種類が存在して、同様に属性に関しては枝分かれするが
ルイは全種の魔法を扱える唯一無二の、まぁなんかすごい奴だった。
「気難しい人であんま絡めなかったんだよね」
『そんなこと言ってる場合じゃねぇよ』
ハッと、我に返り急いで紅龍に視線を向ける。
依然として膠着状態が続いて、コメント欄にも同様に緊張が走る。
「普段、あんまり魔法とか使ったこと無いから困ったな。
どうやってやるんだっけ?」
『掌を掲げて魔力を込めんだよ』
「へー。どうやって魔力込めんの?」
『感覚かな』
『そもそも剣士職が魔法なんて使えるの?』
『使えたとしても初級魔法程度だな』
『びゅーんってかんじ』
『初級魔法なら掌を空に掲げて魔力を込めろ』
手順通りに掌を空に掲げ、魔力を込めていくが
全くと言っていい程に手応えを感じず、ムズムズとした感覚だけが残った。
「これで良いのか?!」
『初級魔法が効くわけないんだよなぁ…』
『蒸発しそう』
『まぁ頑張れ』
「はぁぁぁぁ!」
直後、掌からはうねる竜巻を連想させるような水の濁流が紅龍を襲う。
蒸発する間もなく紅龍を包み込み、暴れ狂う姿が目に映った。
「うわ、酷いもんだ。
火山地帯だってのに、随分と異質な物が紛れ込んでんじゃねぇか」
耳に残る程の断末魔が響くと、勢いを失った水が周囲に散乱し
中央には満身創痍といった様子の紅龍が佇んでいた。
『え?』
『は?』
『あれって上級水魔法の【雫の咆哮】だよな…』
水の弾を飛ばして攻撃する魔法。
水滴で構成された矢を狙った方向に飛ばせることが出来る。
水系統の魔導士でも、扱える者は滅多に現れぬ魔法だ。
「おぉ、あれってダメージ入ったって感じ?」
『弱ってんじゃねぇか!』
『よくわからんがもう一発ぶち込め!』
『お前、その風貌で魔導士だったんだ』
様々な意見が飛び交う中、もう一度掌を翳しては魔力を込める。
「いや…このまま倒すのも配信的に味気ないな。
もうちょっとひとつまみ欲しくないか?」
『何言ってんだこいつ』
『マジで死ぬぞ』
「さっきみたいな要領で…」
ルイの動作を思い出し、両手を紅龍に添える。
「ヒール!」
『あ』
『おわた』
傷跡が見る見るうちに癒されていく。
治癒系の魔法は、怪我を治すだけでなく体に活力を与え疲労の回復等も担っている。
傷を癒した紅龍は殺意を絶やすことは無く、 鋭い眼光をこちらに向けていた。
『魔法無しじゃあ絶対に勝てないのに…』
『いや、でもこいつならもしかしたら…』
紅龍の鋭い爪が、振り下ろされようとしていた。
咄嗟に爪と爪の間に短剣を差し込み、ギリギリとところで食い止める。
少しでも力を抜けば一刀両断にされてしまうだろう。
そもそも人間とドラゴンは土俵が違いすぎるのだ。
金属の鈍い響きの中で何度かの爪と短剣の攻防を交わす。
間を縫って短剣を硬い鱗に差し込む。対してあちらは大きな口で飲み込もうと
する。その繰り返し。
「あぁ久々だな!討伐ってのはこうでなくちゃ!」
『尻尾が…』
『んなこと言ってる場合じゃないぞ!』
「あ、やべ」
ついに、一撃をくらう。
体格差が仇になってしまったのだ。巨体のせいで尻尾まで視界に収まらなかった。
外側に、幾つもの棘が生えている尻尾が襲い掛かる。
両手が塞がっているのが命取りに、鞭のようにしなる尻尾が腹部を直撃した。
『死んだか?』
『こうしてまた屍が増えるのだ』
『死体見たくないし抜けようかなぁ』
「いや生きてるよ。紅龍といっても
所詮は大多数の一体ってことだろ?
固有の名を持つ魔物の攻撃を
くらった時と比べたら耐えるのは容易だったぞ」
『あれ?今直で当たっただろ…?』
『なんで死なないんだよこいつは!』
「でも…一撃食らったのは少々堪えたな。
俺は…やっぱり剣の方が合うのかもしれない」
短剣を逆手に構えて紅龍の体をなぞる。
弧を描いたように血しぶきがあがり、紅龍は断末魔の叫びをあげた。
『速すぎて見えねぇ……』
『マジで人間辞めてんなこいつ』
「ちな、掲げる方だったらこっちが得意だよ?」
短剣を天高く翳し、紅龍に狙いを定める。
形は大きく変わり、ぐんと伸びた刃の部分が紅龍の体を一刀両断した。
『いや……それ魔剣じゃね?』
『え、でもあれって世界に一本しか存在しないはず……』
『魔導士の素質が無くとも魔法が使えるようになるあの魔剣…?」
「そうらしいな。だから内緒だぞ」
口元に人差し指を当てながら言うもコメント欄は荒れる一方。
「さて、そろそろ終わりにしようかな。
皆さんありがとうございました。もしよろしければ登録など」
『おいおい!結局魔剣は本物なのかよ?!』
『突然討伐配信に現れやがって。
何者なんだお前は!」
気さくな様子でスマホを片手に最後の挨拶を済ませる。
初めての一日目の新参者だからか、コメント欄の雰囲気は荒れに荒れ…。
まぁしかし、人が来たというだけでも上出来だろう。
上機嫌のまま配信終了ボタンに手の伸ばすと
何個かのコメントが目に入った。
今のご機嫌状態を一変させるには十分過ぎるものであって
今後の配信活動に影響を及ぼす、それはもう重大なもの。
『これって魔剣も幻影魔法で作り出した偽物じゃね?』
『それじゃあ水魔法だって、どうせ偽物だな』
「は…はぁ?!」