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大切な姉を悲劇のヒロインにはさせません



 ーー数分間程度、頭が真っ白になったところで扉の外からドタドタと足音が近付いてくるのが聞こえてきた。


 扉がノックされ、我に返り、入室の許可をすると慌てた様子でラズとお医者様が私の元まで駆けつけてくれた。


 「ハルミアお嬢様!お医者様を連れてまいりましたので、すぐに視ていただきましょう!」


 心配そうなラズの勢いに押されて今の今気付いたばかりの衝撃的すぎる事実については一時思考を放棄することにした。





 ーー数時間後。



 お医者様からは『特に身体に異常や問題はありませんね。また何かありましたらすぐにご連絡ください。しばらくは安静にして過ごされますように』と言われた。


 お医者様からの言葉を聞いて、ラズは安堵して涙目になっていた。


 お医者様が帰られた後は『ハルミアお嬢様は本日はまだお食事なされていないので、すぐにお持ち致しますね。それから旦那様にもハルミアお嬢様のご様子をお伝えしてまいります』とラズはそう言い残し、部屋を出ていった。


 私はまた一人になって、ベッドに横になりながら広すぎる部屋の天井を見つめた。

  

 絵画のようなものが描かれた綺麗な天井を見つめていると、またさっき気付いたばかりの衝撃的な事実の数々について考えてしまう。



 《あの小説の世界に転生しただけでも信じられないくらいに驚いたけど、まさか小説の主人公と悪役ヒロインと姉妹になっちゃうなんて……!》



 オルリス公爵家の次女として産まれて早6年。

 これまでは前世の記憶なんて無かったから今日までは何も思わずに当たり前にこの世界で過ごしてきたけど。

 

 つまり小説の世界であんな最期を迎えてしまった主人公は、今世での私の実の姉にあたるサンドレアお姉様だということ。


 そして義妹のカイナは小説ではサンドレアお姉様の三歳年下だと書いてあったから、私の二歳下の義妹になるはず。


 でも義妹のカイナと義母はまだオルリス公爵家の屋敷では一緒に暮らしてはいない。だから私もカイナ達を見たことが無いし、もちろんサンドレアお姉様とも面識は無いはず。



 《ーーということはこの世界でもカイナ達と一緒に暮らすようになったら一気にバッドエンド行きになるってこと!?》


 


 実際に私とサンドレアお姉様の実母にあたるスノウアお母様ーースノウア・オルリスは昨年、小説と同じように病気で亡くなってしまっている。

 

 今後も小説と同じように進行していくのだとしたら、サンドレアお姉様も失うことになるどころか、この国が滅亡してしまいかねない。



 《そうならないためには現状私が何か行動しないといけないんじゃあ……》



 前世の記憶を持った人物はもしかしたら私以外にもこの世界に存在しているかもしれない。


 それでも今のところはそれらしい人物には出会えていない。


 ましてや小説の主人公であるサンドレアお姉様と悪役ヒロインのカイナと全くの無関係な存在として産まれていたら、前世の記憶あったところでどうすることもできなかったと思う。



 しかし私は無関係な存在どころか二人とは姉妹として産まれてきてしまっている。

 さらに前世の記憶でもこの小説の世界のことだけは鮮明に思い出せている。



 だからこそ二人の姉妹として産まれてきたのも、前世の記憶をこのタイミングで思い出せたのも、何かしらの意味があるのだと思う。



 ーー今の私に何ができるのかは分からないし、これから考えていかないといけないことだけど。

 サンドレアお姉様を失うのも、この国が滅亡してしまうのも、気付いた以上は絶対に嫌だから。


 何もしないで後悔するよりは何かしらは行動して、できることはやり切りたい。

 

 



 《でも"ハルミア・オルリス"って小説には出てこなかったはずだよね。そもそも小説ではサンドレアお姉様は義妹のカイナが現れるまでは一人娘だったはずだし。私の前世の記憶が正しければだけど……。それにもしも"ハルミア・オルリス"が存在していたとしたら何か事情でもない限りサンドレアお姉様はあんなに孤立することも無かっただろうし……》



 それなら"ハルミア・オルリス"という人物が存在するしないだけでも結構小説の中の世界とこの世界は異なってくるのでは。



 《しかもその"ハルミア・オルリス"は私自身だし、前世の記憶だってある!……つまりこれってチート的なことじゃない!?チートだとしたら意外とどうにかなるのかもしれない!》


 


 この世界があの小説の中の世界と同じだと気付いてから絶望しかけたけど。

 よくよく考えてみたらこの世界にも希望が見えてきた。



 《まずはこれからもっとサンドレアお姉様と積極的に交流して、孤立させないようにしないと…!》


 

 少し前世の記憶や意識と今世の記憶や意識の整理がついたタイミングで、再びノックの音が響き、思考を止めて入室の許可をした。

 

 

 「お待たせいたしました。お食事でございます。料理長にはハルミアお嬢様の体調のことを伝えてありますので身体に優しいものになっておりますよ」


 「ありがとう、ラズ」



 ラズが運んできてくれた食事を見ると空腹でお腹がぐぅうと鳴ってしまった。


 恥ずかしくなってつい赤面して俯いてしまったけど、ラズは微笑みながら『食欲があるようで安心いたしました』と言ってくれた。とても気が遣える優秀な侍女である。


 


 《そう言えばラズもあの小説では登場していなかったような……?》



 ラズは私の専属侍女で、主に私の身の回りのお世話をしてくれている。



 二年前ーーラズとは私が4歳だった時に王都の街で出会って以降、私のわがままで専属侍女をしてもらっている。


 ラズは病気で働けない両親や幼くて働きにいけない兄弟達のために必死に働いてきたのだと言う。


 今では公爵家でのお給金を十分に貰えていて、家族に仕送りも満足にできていると聞いたから安心している。




 私のわがままで専属侍女をしてくれているラズだけど、何故だかやたらと私に感謝してくれていて。


 『本当にハルミアお嬢様のお陰で今の私があるのです。いつもいつもお嬢様には感謝しておりますし、感謝してもしきれません。何かありましたらすぐに私をお呼びつけください。ハルミアお嬢様のためならばどこへでも何用でもまいりますので!』


 ……というようなことを日々繰り返し伝えてくれている。


 私こそもうラズ無しでは快適に生活できないと思える程甘えさせてもらっているのに。


 


 《もしもラズに前世の記憶のことやこれから起こることを話したら相談に乗ってくれるのでは…?》


 ……と少し考えてみたものの。

 

 やっぱりまだ今は言うべきではないような気がして考え直すことにした。


 

 「そう言えばサンドレアお嬢様もハルミアお嬢様の体調を心配なさっていて、後ほどハルミアお嬢様のご様子を見に来ると仰っておりましたよ」


 「あ、そうなの。それならサンドレアお姉様の好きなお茶を用意しないと!」


 「かしこまりました。お食事を片付けた後にすぐにティーセットのご用意をいたします」


 「ありがとう。よろしく頼むわ」


 《こんな話し方、前世の私では考えられなかったけど。もうこの世界で6年も過ごすと慣れてしまった。慣れって怖いよね》



 やっぱりとても気が遣えて優秀なラズは、テキパキと私の食べた食事の食器類を片付けてくれて、すぐに部屋の外へと運び出してくれた。


 

 それからまた戻ってきたラズがさっき話をした通りに今度はティーセットをワゴンに乗せて運んできてくれた。


 ティーセットのカップは私のお気に入りの花模様のものと、サンドレアお姉様のお気に入りの小鳥や蔦が描かれたカップで、紅茶に良く合うお菓子も私達の好きなものだ。

 こういうところもラズは抜かり無い。


 ラズがティーポットを温めてくれたところで、扉の方からノックの音が聞こえてきた。


 「ハルミア。私よ、サンドレア。中に入っても良いかしら」


 「サンドレアお姉様!様子を見にきてくださってありがとう。もちろん入って!」


 すぐにラズが扉を開けてくれて、サンドレアお姉様を招いた。


 「あら、お茶を用意してくれているのね。しかも私の気に入っているカップも用意してくれているなんて、さすがハルミアとラズね」


 嬉しそうに微笑むサンドレアお姉様がとても眩しい。


 「紅茶もお姉様の好きな茶葉よ。お菓子もお姉様と私の好きなものをラズが用意してくれたの」


 「まぁ、二人ともありがとう」


 「とんでもございません」



 《ああ、サンドレアお姉様が喜んでもらえて良かった》


 「体調も大分良くなったのかしら。顔色は悪くないわね」


 「ええ。食事もきちんと食べたし、もうすっかり元気になったわ。心配かけてごめんなさい」


 「良いのよ、全然。ハルミアが何事もなくて良かったわ」


 サンドレアお姉様はにっこりと微笑みながらも安堵したように胸を撫で下ろしていた。




 ーー小説ではサンドレアお姉様の容姿についてはあまり詳細は書かれていなくて、想像するしかなかったけど。


 今目の前にいるサンドレアお姉様は前世の私の乏しい想像の何倍も可憐な美少女だった。


 お母様譲りの長い銀髪は私と同じだけど。瞳の色はお父様譲りで赤混じりの金色で、見る角度が変わると赤が強くなって見える。

 小説では『少しキツめにも見える顔立ち』というような表現がされていたけど、つり目がちな瞳は猫のようで可愛らしいとしか思わない。

 対して私は少し垂れ目がちで、サンドレアお姉様の華やかで綺麗な雰囲気の顔立ちとは少し違う。

 

 今世の私の容姿も十分に前世の私からすればお人形のような美少女だけど。

 サンドレアお姉様は7歳にして既に完成された美人さも感じられる。


 《例えるなら今世の私の容姿は天使で、サンドレアお姉様は女神みたいな雰囲気って感じかな?……自分で言うのもどうかとは思うけど……これといった特徴も無かっただろう前世の私の平凡な容姿からすれば(うろ覚えだけど)とても恵まれ過ぎていると感じる》

 


 「やっぱり美味しいわね、この紅茶もお菓子も」


 「サンドレアお姉様と一緒だからより美味しく感じられるわ」


 「まぁ、ハルミアったら。可愛いことを言うじゃない」


 「本当のことを言っているだけ。お姉様と一緒だととても美味しく感じられるし楽しいの」


 「うふふ嬉しいわ。そうね、私も同じ気持ちよ」


 くすくすと笑い合う。

 傍で控えているラズも微笑ましいといった様子で私達を見守ってくれている。

 


 《ーー小説では私の存在は一切出てこなかったけど、今世ではサンドレアお姉様と一歳違いだし、これまでずっと一緒に育ってきたから結構仲も良い方だと思う。しかも前世の記憶を思い出した今の私は精神年齢もぐっと上がったことで、サンドレアお姉様のことがより可愛く見えてしまって仕方がないよ》


 このまま仲違いでもしなければサンドレアお姉様とは良好な関係を築き続けられるはず。

 いや、むしろこのままもっともっと仲良くならなければ。


 小説を読んでいた時の私はサンドレアお姉様に何度も感情移入して泣きそうになっていた覚えがある。


 《だからこそ今世ではサンドレアお姉様を絶対に孤立させることはしたくないし、ましてや悲劇のヒロインになんてさせないんだから!》


 改めてそう心の中で誓いながらもサンドレアお姉様とのお茶の時間とお喋りを楽しんだ。


 

 

 ーーサンドレアお姉様との楽しいお茶の時間もお開きとなって。

 『とても名残惜しいけど、そろそろ家庭教師の先生が来られる時間になるから私はもう部屋に戻らないと』と、少し寂しそうな表情でサンドレアお姉様が言うから。


 思わず『サンドレアお姉様!またいつでもお茶会しましょうね!』と声を掛けた。


 サンドレアお姉様は少し目を丸くしたけど、『ええ、次のお茶会も楽しみだわ。でも今度は私の方で用意させてちょうだい』と言ってくれた。


 私は頷いて、部屋を後にするサンドレアお姉様を見送った。


 


 「サンドレアお嬢様、喜んでくださっていましたね」


 「ええ、私も楽しかったわ」


 サンドレアお嬢様が部屋を去った後すぐにラズがティーセットの後片付けを行いながら、声を掛けてきた。


 お母様が亡くなってからはサンドレアお姉様とお茶することも減っていたから久しぶりに楽しめた。


 《これからもサンドレアお姉様とはお茶会の時間を設けつつ、後は他にもっと交流を深めるためにはどうしたら良いかな。私はサンドレアお姉様のために何ができるだろう?》


 もっと仲良くなろうと意気込んでいたけど、冷静に考えてみると、サンドレアお姉様は普段は習い事で忙しくしている。さっきも家庭教師のために自室に戻っていった。


 私も私で、サンドレアお姉様ほどではないけど、習い事をいくつかしているから中々ゆっくりと二人の時間を取ることは叶いにくいかもしれない。


 それにサンドレアお姉様は近い将来に小説通り、王太子の婚約者に選ばれてしまったら。

 そうなれば妃教育も始まるからますます忙しくなってしまう。


 

 《まぁその辺りは何とかラズやサンドレアお姉様の専属侍女のアンナにも協力を頼んで、時間を作れるように頑張るしかない》


 他にできること…他には……と考えを張り巡らせたところ。




 《あ、そうだ!》

 

 一つ思い付いた。

 

 小説でカイナとカイナの義母(後妻)が暮らしていた屋敷の場所について少し書かれていたことを思い出した。


 今の私にならその屋敷がどの辺りにあるのかが何となく見当がつく。


 その場所へはこのオルリス公爵家の屋敷からは少し離れていて、馬車を使わないと行けそうにないけど。

 ラズに協力を頼めばどうにか行けるかもしれない。


 《今の私が6歳で、サンドレアお姉様は7歳。つまりカイナは今4歳になっているはず。まだ悪業を何もしていないはずの4歳のカイナ相手だったら懐柔できるのでは!?》

 

 カイナを上手く懐柔できさえすれば、悪女となった原因も突き止められる気がする。


 その原因を突き止めることができればカイナは悪女にならないはずだし、サンドレアお姉様もきっと助かる。そして国も。


  

 《よし!そうとなればカイナ達の住むの屋敷に潜入するために準備しないと!》


 ーーすっかり気が大きくなった私は気分良く準備を始めたのだった。



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