本屋さんで不思議な本と出会いました
「今日はどんな本と出会えるかな~」
近頃の私の楽しみは本屋さん巡りだ。
特にどこの本屋さんでどんな本を買うとかは決めていることはなく。
ふとした時に思いつきで立ち寄って、偶然出会った本を買ってみては読み漁るという日々を過ごしていた。
そんな今日も寂れた商店街の奥にある本屋さんにふらりと立ち寄ってみた。
その本屋の奥の奥。
私以外に他のお客さんも居らず、店の奥の奥は電気も少し薄暗くなっていて独特の雰囲気があった。
そこで何か面白そうな本は無いかと本棚を見渡していると、一冊の珍しい本が目に入った。
「何だろう…この本」
真っ白で背表紙には何も書かれていない分厚い本。
その本にすっかり目を奪われてしまい、少しその場で立ち読みしてみた。
ーー冒頭は公爵家の長女として産まれた主人公が初恋の王太子の婚約者に選ばれ、喜ぶシーンから始まった。
「お…面白い…!」
読み進めれば進めるほど続きが気になっていく。
私は今までにもないくらい物語にのめり込んでいた。
このままだと夢中で読み終えるまで店内で立ち読みしてしまう自信があったので、泣く泣くキリの良いところで止めてその本の会計を済ませた。
「今回も良い買い物ができたな~」
ワクワクしながら帰宅する。
本屋さんを後にして帰宅してからはすぐに小説の続きを読み始めた。
ーー小説の中の主人公のサンドレア・オルリス(公爵家の長女)は容姿は華やかだけど少しキツめにも見える顔立ちだそう。
そして真のヒロインらしき少女のカイナ・オルリスも主人公の義妹として登場した。
サンドレア(主人公)の母親は病で既に亡くなっていて、その旦那でありサンドレアの父親は愛人を後妻として迎えたとのこと。
その愛人(後妻)との間にできていた一人娘こそがサンドレアよりも三歳年下で義妹のカイナだった。
後妻はとても美しいようで、その娘のカイナも同様に妖精のように可憐で可愛らしい容姿だそうだ。
カイナは長いこと公爵家の屋敷とは離れた場所にある別の屋敷で母親と二人暮らしをしていたようで、度々サンドレアの父親はその屋敷に顔を出していたようだった。
そのせいもあってカイナは世間知らずなところがありながらも、とても素直で純真な性格をしている。
そんなカイナに少しの嫉妬と母親を失った寂しさとで複雑な感情を抱くサンドレア。
ーーここまでの文章を読み、まさしく私の好きな"悪役令嬢もの"だと確信してワクワクしながら続きを読み進めていった。
ーー父親も後妻とカイナと共に暮らすようになってからは、二人に夢中でサンドレアにはまるで興味を失くしたかのような態度を取るようになっていった。
後妻やカイナにばかり優しくする父親、優しく声を掛けてくるようでその瞳は冷たい後妻。
カイナは唯一サンドレアを慕って『姉さま、姉さま!』と、どこにいても跡を着いて来ようとするのだが。
カイナに対して複雑な感情を持つサンドレアはそれを受け入れることができずにいた。
しばらくサンドレアは公爵家では居心地の悪い寂しい日々を過ごしていたが、13歳となったことで国の定める全寮制の魔法学院に通うこととなる。
この物語に出てくるクロビアム国では魔法が当たり前にある世界で、国の人々も産まれながらにして必ず魔力を多かれ少なかれ持って産まれてくる。
魔法の属性の種類は火・水・風が基本で、この三種類の属性の魔法は誰しもが扱える。
それに加えて別の属性の魔法(雷や氷や土等)も一種類は持って産まれるので扱えるが、どの属性の魔法が扱えるかは人それぞれ違う。
その中で稀に光・闇の属性の魔法を扱える者もいて、サンドレアは闇の属性の魔法を持って産まれたので闇魔法が扱える。
闇の魔法は使い方を間違えると禁忌にも触れるが、正しい使い方さえすれば国からも重宝される魔法だ。
実際にサンドレアは魔力の保有量が多く、質の高い闇の魔法が扱えるということも光の魔法を持つ王太子の婚約者に選ばれた理由の一つだった。
婚約者の王太子もサンドレアと同い年なので、同学年で魔法学院に入学することが決まっていた。
それは公爵家に居場所が無いと感じていたサンドレアにとっては救いでもあった。
魔法学院に入学することだけを楽しみにしていたサンドレアはついに無事に学院に入学する。
学院では王太子とも気兼ねなく話すことができ、友人も何人かできて、これまでに無いほど充実した日々を送っていた。
それはこのまま問題なく卒業できれば王太子とも良い関係のまま結婚することができるだろうと確信が持てるほどだった。
しかし結局はそんな平穏な日々も長くは続かず。
サンドレア達が入学してから三年後、サンドレア達は16歳、カイナは13歳となり、魔法学院に入学した。
その可憐でまるで妖精のような容姿と純真な性格で、瞬く間にカイナは学園中から愛される存在となった。
さらに、世間知らずだったカイナは公爵家で家庭教師をつけてもらっていたようで、産まれ持った魔法は基本的な魔法しか使えないものの、魔力量は義姉であるサンドレアと大差は無いほど多く、様々な魔法を扱える技術と知識も備えるようになっていた。
そして王太子は最初はカイナに対して特別な反応はすることはなく、『君の妹君だろう?』とサンドレアに声を掛けてくるだけだったのが。
ある日を境に王太子とカイナとで仲睦まじく過ごすことが増えるようになってしまう。
サンドレアはそれでも王太子のことだけは諦められず何度か声を掛けようとしたが、その度にカイナがタイミング悪く現れ、王太子も『すまない。カイナ嬢と少し話がしたい』と言い、二人でどこかへ消えてしまうのだ。
自分の居場所を完全に奪われてしまったように感じたサンドレアの運命は大いに狂い出す。
誰からも愛されるカイナは変わりなくサンドレアを慕って話しかけてくるが、サンドレアはカイナに対しての嫉妬心が燃え上がり、冷たい態度を取るようになってしまう。
そんなサンドレアの態度を悲しむカイナ。周囲の人間達はそんなカイナを心配し、公爵家のサンドレアを表立って非難する者は居ないものの、影では非難する者が多く居た。
サンドレアの何人かの友人も次第にカイナと居る時間が増えていき、サンドレアに対する態度も冷たくなっているような感覚があった。
ますますサンドレアの立場が悪くなっていき、孤独が強まっていくが、サンドレア自身もどうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
ある時の昼休み、カイナの方から改めてサンドレアと話がしたいと言って来る。
サンドレアはカイナとはとにかく距離を取りたかったのでそれを拒否して、二階にある図書館へと移動しようとした。
『待ってよ…!姉さま…!』
しかしサンドレアを追って来たカイナがサンドレアを引き留めるために腕を掴もうとした。
『私に触らないで!』
腕を掴まれそうになって咄嗟に振り払ったサンドレア。カイナは腕を振り払われた拍子に身体のバランスを崩して後ろへと倒れ込んでしまう。
まるでスローモーションのように階段から落ちていくカイナの身体。
落ちていく姿に気がついたサンドレアは青褪めてカイナの腕を掴もうとするも間に合わず。
そのままカイナが一階へと落ちていくとなって、サンドレアは思わず目を瞑る。
ただし、カイナは一階に落下することなく咄嗟に発動した王太子の風魔法で間一髪助けられた。
王太子が起こした風魔法でふわりと浮き上がったカイナの身体を優しく受け止めた。
カイナは『…ありがとうございます、殿下』と頬を朱に染めて心底嬉しそうに微笑んだ。
そんなカイナに対して、王太子は『君が無事なら良いんだ』と微笑みを返した。
いつの間にかその周囲には他生徒達によるギャラリーができており、拍手が巻き起こった。
そんな拍手に照れ臭そうにしながらも満更でもないように笑い合う王太子とカイナ。
それをぼんやりと遠巻きに眺めていたサンドレア。
今まで一生懸命積み上げてきたものが一瞬でガラガラと崩れ落ちていくような気がした。
自分が必死になって積み上げてきたことも、カイナの些細な言動一つ一つであっという間に全てが無かったことにされる。
その場で立ち尽くすサンドレア。
ギャラリーのように集まっていた他生徒達の視線がカイナ達からサンドレアへと移った。
自身の姿が彼等の視界に入った途端に酷く冷めた目が向けられた。
それはまるで『お前のせいでカイナ嬢が落ちたんだ』、『お前のせいでカイナ嬢が怪我をするところだったんだ』、『王太子が居なければ今頃カイナ嬢は』…
『お前のせいで』と責め立てるような視線だった。
サンドレアはその多くの冷め切った責め立てるような視線に震え上がり、誰も視界に映さないように俯いて走り去り、その場を後にした。
その日から、サンドレアの立場は明確にさらに悪くなっていった。
初恋だった王太子でさえどんどんとサンドレアへの態度が冷たくなっていっているのが手に取るように分かる。
それとは反対にカイナに対しての王太子の態度はとても優しく、甘さも感じるくらいであった。
誰に冷たい態度を取られようと耐えることはできるが、大好きだった初恋の相手からの態度には到底耐えきれそうにもない。
サンドレアは毎晩のように寮の自室で泣き続けた。
学院に入学する際、女子なら侍女を、男子なら執事を一人は連れて寮に入寮して良いこととなっていたが。
サンドレアは父親から『お前には必要ないだろう。学院に通うための費用等は出すんだ。学院に居る間は身の回りのことは自分自身でするように』と言われていたため、寮の自室でも一人きりであった。
カイナは公爵家から侍女を連れて来ていたようで、しかもその侍女は長年主人公に仕えてくれていた信頼していた存在だった。
それもカイナが公爵家の屋敷に来るまでの間の話だったが。
カイナが屋敷に来てからは人が変わったかのように、サンドレアへの態度が淡々としたものへと変貌していった。
対してカイナには以前の侍女のままで優しく穏やかに接していた。
そんな侍女の態度さえもサンドレアの精神を蝕んでいった。
『あの子は私から何もかもを奪っていく……!……あの子さえ居なければ今頃私は…』
そんな風に考えるようになってしまうほどにサンドレアは精神的に追い詰められていた。
ある日の夜。
その日もサンドレアは一人で机に頭を伏せて泣いていた。
そんな時にガタッと何か物音が自室の扉の方から聞こえてきた。
『なっ…何…?』
サンドレアは怯えながらもその物音の正体を知るため、扉の方へと恐る恐る近づいた。
扉には何も問題はなく。
その下に一通の黒い封筒の手紙が挟まっていた。
怪しく思いながらもその黒い封筒の手紙をゆっくりと音を立てずに抜き取る。
封筒には何も書かれておらず。
慎重にその封筒を開けた。
封筒を開けると中にも同じような真っ黒な紙が入っており、赤く血のような色で文字がこう書かれていた。
《すぐにでも消したいと思う存在が居るのであれば、その存在の目の前でこの魔法の呪文を唱えよ》
『何よ、これ…』
サンドレアは気味悪く感じながらもどうしてか気になってしまい続きを読んだ。
《この魔法を行えば、望む相手を自身の目の前から消すことができる。また周囲の人間達の脳からもその者の記憶や存在は消される》
『"消すことができる"…って…!』
その内容はとても怪しく、送ってきた主も分からない。
今までの正常な考えと精神を持つサンドレアであればこんなものはすぐに破り捨てていた。
しかし今のサンドレアは精神的に酷く追い詰められており、自身の味方は誰一人として居ない。
そんな状況下により、今までの自身であればしなかったであろう選択を選ぶことにしたのだった。
翌日の放課後。
サンドレアはカイナを人気の無い空き教室へと呼び出した。
そしてカイナを目の前にして、昨夜の手紙に書かれてあった呪文を唱えるのだった。
『ーーー…』
『きゃあっ…!』
呪文を唱え終わると、カイナは自身の身体を抱え込むようにして苦しみ出す。
『たす…けて…!』
その苦しむ表情を見て、サンドレアはようやく我に返り、自身の仕出かしてしまった事の重大さを感じ始めた。
『ど…どうすれば…!』
しかしカイナの身体は黒と紫の光に包まれて発光したと思うと、その光は突然弾かれたかのようにサンドレアへと乗り移り、サンドレアの身体を包んだ。
『きゃあ…!!何なのよ…!』
サンドレアの身体は光の渦に包まれると、身体が燃えるように熱くなり息ができなくなるほど苦しんだ。
光の渦の中を必死になってサンドレアが足掻いていれば…
『ふふふ』と、まるで場違いな笑い声が聞こえてくる。
薄れゆく視界の中で何とかカイナを捉えると、カイナは今まで見たこともないような、妖艶で不気味な笑みを浮かべていた。
『姉さま、ありがとうね』
『…な、に…、が……!』
『こんなに順調に上手くいくとはね。姉さまのお陰よ』
カイナの言っていることが分からない。カイナの表情や話し方もまるで別人のよう。
さっきまではカイナが苦しんでいたはずの光の渦に、今は何故私が巻き込まれて苦しめられているの?
『まだ分かっていないようね。まぁ、それも当然よね。ーー姉さま、その呪文を教えたのは私なのよ』
『……なっ…!』
"あの"カイナがそんなことをするなんて…そんなはずは……そんなはずは……!
……でも、それじゃあ、あの扉に誰があの手紙を挟んだの…?
私は誰からの手紙かも確認せずに内容だけ見て試したのに?
……今、目の前にいるカイナの別人のような姿を見ても本当に違うと言い切れるの……?
『姉さま、知ってる?あの呪文はね、禁忌の闇魔法で呪いなのよ。でも闇魔法を扱える者が防げば効かないの。そしてその禁忌魔法をかけようとした相手にそれを防がれたら、呪文を唱えた側に禁忌魔法が跳ね返るようになってるの』
『ーーつまり、私は闇魔法を産まれた時から扱えるから、姉さまの呪文は防げるのよ。もちろん私から魔法をかけてたら姉さまに防がれていた可能性もあったわ。だからこそ、姉さまを徹底的にあのように精神的に追い詰めて、呪文を唱えるように私が差し向けたってこと』
……ああ、そんな……
それなら私のしてきたこと全て、どこまでもカイナの手のひらの上だったと言うの……?
『禁忌魔法の呪いが跳ね返ってそろそろもう耐えているのも限界でしょう。もう耐えなくて良いのよ、姉さま。あなたの存在はまるごと消えるから。お父様とお母様も私がいるから心配は要らないし、殿下も私が次期王妃として支えるから安心して。ーー今まで私の人生にとって邪魔者だった姉さま。ここで消えてちょうだい。さようなら』
ーーお母様ももうこの世には居ない。お父様も殿下も私を必要としていない。誰一人として私を必要としていない。
それなら、もう私はーー……
ーーサンドレアの存在は呪文を唱えたカイナ以外の人々からは記憶ごと全て消え去った。
その後カイナは王太子の婚約者となり、学院を卒業後は多くの人々からの祝福を受けて婚姻を結んだ。
数年後に王太子が国王の座に就き、カイナは王妃の座に就いた。
新王妃は従者を奴隷のように扱い、国を傾けさせるほどに財政を悪化させる等、悪行の限りを尽くした。
しかし新王妃を責める者は王族や従者の中では居なかった。
新王妃が扱える闇魔法の中でも限られた者にしか使えないとされる"魅了"の闇魔法によって正常な判断をできる者は居なくなっていたのだった。
そんな中、国民は国家によって行われていた圧政と高額な税金徴収で貧困に耐えかねていた。
王宮内では長年争ってきた隣国からのスパイとして潜入中の男が国の現状を隣国に報告していた。
国民からの国家への不平不満が限界まで高まったタイミングで隣国の軍が攻め入った。
そうして、新王妃によって既に崩壊しかけていた国は、隣国の軍に攻め込まれたことによって滅んでいったのだったーー…。
……えっ?
主要人物が全員死んだんだけど…?
というか国ごと滅んじゃったんだけど……!?
小説を読み終えた私は呆然としてそその真っ白な表紙の本を見つめる。
よくある悪役令嬢ものだと思っていたから、『また婚約破棄された主人公が"ざまぁ"をして逆転するのかな?』とか『もしくは真ヒロインらしき義妹が結局幸せになるストーリーかも?』とか考えながら読んでいたら、まさかのどちらでもない義妹が悪女となって好き放題やって国滅亡エンドという斜め上をいくストーリーだった。
何とも後味の悪い話だった……。
私はこの本を買ったことを少しだけ後悔してしまった。