隠ს神၈ɭ ɿʓ村 三
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。路明
古い長屋のまえで丸まっていた鬼が手をついて起きあがり、ゆっくりとこちらを見る。
長屋の屋根よりも高い身体を、けだるそうに立ち上がらせた。
「ちょっと! おい!」
涼一は後ずさった。かたわらの車体に背中を貼りつける。
行員はいつの間にか姿が見えない。
まえに鬼に襲われたときには筋肉隆々とした迫力のある存在という印象だったが、こうして見ると目玉だけがギョロリとしたどこか不健康にむくんだ巨大さという感じがする。
鬼というより、幽鬼というほうに言葉のイメージが近い。それだけに前回とは違う種類の恐怖をあおられる。
「……鬼っていうか、子供拐ってたやつの霊とか意識の集合体みたいな?」
土屋が見上げる。
「何でいきなり詳しいの、おまえ」
涼一は車に貼りつきながら頬を引きつらせた。
「だからマンガとかゲームの受け売りだって」
「だいたいあの行員さん何がしたいんだ。鬼を足止めする言葉教えてくれたかと思ったら、こんどはわざと呼びよせて消えやがった」
「たぶんなんだけどさ」
ヤケになったのか、土屋が笑いながら答える。
「囮やれってことなんじゃないの?」
涼一は、目を思いきり見開いて土屋を見た。
「は……はあああああ?!」
「だからほら、これが今回の武器ってことでしょ」
土屋が、さきほどの羂索を投げてよこす。
涼一は受けとったが、いまのところ軽くてほそいロープにしか見えない。
「こんなんどう使うんだよ、俺らカウボーイか! 俺が使っても何か神通力発動するよう設定してあるわけ?!」
「わざわざ現れて渡して行ったんだからそうなんでねえの?」
土屋が鬼を見上げつつ答える。
「発動しなかったらどうする」
「霊界で返品に応じてもらった上で、行員さんに損害賠償がわりに極楽の市民権でももらうしかないなあ……」
土屋がつぶやく。
「永住権にしろ」
「よし永住権で裁判争うことにしよ」
車体に鬼の影がかかる。
「もういいかい」
にごったガラガラ声が頭上から響いた。
「おい、行員さん! つか不動明王! 霊池さんでもいいけど!」
涼一は上空に向かって声を上げた。
「やってやるけど、これやればあのガキどもは全員成仏させられるんだろうな、おい!」
返事はない。
上空には、星のない真っ暗な空が広がるのみだ。
「させられんかったら、てめえ不動明王の本性のときに一発殴らせろ!」
「さすがに行員さんの姿のときは殴れないか……」
土屋が苦笑いする。
「もういいかい」
ガラガラと濁った男の声がする。
「あーちょっと待って。うちのお使いさん、いま雇い主と交渉中だから!」
土屋が口の横に手をあて、巨大な鬼に向かってそう呼びかける。
「雇われてねえ! 前回の分と合わせて時給払いやがれ!」
涼一は声を上げた。
「もういいかい」
鬼が手を振り上げる。
古井戸の横に手を振り下ろし、ガリガリと地面を引っ掻いた。
「みよちゃん、みぃつけた。たけじろうちゃん、みぃつけた、なつちゃん、みぃつけた」
さきほど車内で聞いた子供たちの名前を鬼が呼ぶ。
涼一は何となく古井戸が気になった。
名前を呼ばれるたびに苦しがったりはしないのか。白い手が這い上がってきていた、あれはもがいていたわけではないのか。
ただの想像なんだが。
「逢魔が時にかくれんぼすると神隠しに遭うって言い伝えが各地にあるのはこれなんだろうな。薄暗くなりかけたころに遊んでやるふりして子供を拐った」
土屋がふぅ、とため息をつく。
「……拐ってどうすんだよ」
「いろいろだと思うけど。人身売買とか、まあ個人的な変なことに使うとか」
涼一は上空にある鬼の顔を見上げた。
「見つかった子供がソバとかうどんとか言ってミミズ食べてたのもそれかもな。精神的にやられちゃったっていうか」
「このクッソ変態が!」
涼一は鬼に向かって声を張り上げた。




