古井戸၈क॑ʓ道 一
空にかかっていた朱色が一本線のようにほそくなり、群青色でおおわれる。
正確に逢魔が時というのがどの状態までをさすのか知らんが、自分の感覚ではこれはもう夜空だよなと涼一は思った。
山道の向こうから、車のヘッドライトが近づくのが見える。
何となく誰なのか予想がついた。
涼一は、車のライトをつけて自身の位置をしめした。
向こうには車体は後部を向けているが、街灯もない暗い山中だ。ナンバーの部分の小さなライトでも目につくだろと思う。
運転席のドアを開けて身を乗りだし、近づく車体を見る。
車がすぐ手前で停まり、運転席のドアが開いた。
「もういいかーい」
「ふざけんな。シャレになんねえ」
やはり土屋か。
バンッと音を立てて土屋が運転席のドアを閉め、こちらに近づく。
こうもこいつだけが都合よく自分の居場所に着けるのは、やはりお不動さんはどこかでサポートくらいはしてるのか。
「保育士さんの資格試験って、ググッたらお絵かきとかピアノのテストとかあるのな」
「何でそんなのググッてんの、おまえ。嫌がらせ?」
涼一は眉根をよせた。
「鏡谷くん言ったとおりな。M区の付近にさしかかって、この辺か? って思ってたら山中にいてここに着いたわ」
「あそ」
「子供の霊は?」
土屋が車内をのぞく。
「何かとうとつに消えた」
涼一は答えた。
「平気ならすぐ誘導するけど」
土屋がきびすを返して乗ってきた車に向かう。
「いや……ちょっと待て。そのパターン、いまムリかも」
涼一はふたたび口を手で抑えた。
運転席のドアを開けて外に脚を出した格好で座ったまま、ふたたび「オエッ」とえずいてうつむく。
このまえ、この経緯からの途中で異変に気づいた土屋が提案してあのラーメン屋だったではないか。
ミミズのにょろにょろとした様子をどうしても連想してしまう。
「……ミミズハンバーグの都市伝説の出どころ、俺分かったかもしんない」
涼一はそう呟いてうめいた。
「なに。子供らの霊にミミズハンバーグ食わされたの?」
土屋がふり向いて尋ねる。
「同僚の提案で食った……かもしれない」
「同僚のだれ」
「おまえ」
土屋がこちらに戻り、目の前の草むらにしゃがんだ。
「鏡谷くん、何があったかお兄さんに話してみ?」
「……いや学年おなじだし」
顔をしかめつつも涼一は答えた。
「あーなる。ミミズ」
陽が落ちて少し肌寒い時間帯になったので、土屋が助手席に乗りこみ爽花の調べた話を聞いていた。
サイドウィンドウのところに肘をつき、わりと何でもないことのような顔をする。
「山中でラーメンの幻覚に見せかけられそうなのって、それくらいだよなあ」
「おまえマジか」
涼一はシートに背をあずけて眉根をよせた。
「でも鏡谷くん、いまはそんなこと言ってても小学校のころはいっしょにミミズつかまえて女子にわざと見せて泣かしてたりしてた仲でしょお?」
「覚えがねえ。俺は教師に目ぇつけられて立場が不利になるようなことはしない子供だった」
「あれ? いっしょにやったの、ゆうくんだっけ? たかちゃんだっけ? とおるくんだっけ?」
土屋が宙をながめる。
「……おっまえそんなことやってたの。よく女子に嫌われなかったな」
「逆にバレンタインのときチョコもらったなあ」
「……あそ」
何の話になってんだ。
気にしてるほうがバカらしくなってきたと涼一は思った。
土屋がポケットからスマホを取りだし、タップする。何か検索しているようだ。
「ミミズ。毒もないし変なウイルスもとくにないし――お。それどころかミミズ由来の成分にウイルス感染や増殖を阻害する効果。ミミズ由来の成分を含むPR−DRにはうつ病の改善に効果が認められる」
土屋がスマホをスリープモードにして、スーツのポケットにしまう。
「健康になったじゃん。よかったじゃん」




