逢魔が時၈車内 三
「シッシッ」
手をパタパタと振り、スマホを覗きこもうとする子供の霊たちを振りはらう。
さきほどから、ときどきうっすらと子供の手や着物のはしのようなものが見えるようになってきた。
こいつら、服装は着物か。
チラッと見えた感じだといわゆるカスリの着物というやつの気がするが、厳密にはいつの時代なんだと涼一は思った。
「しっしっ」
子供の一人がまねる。キャーハハハハと笑い声が聞こえた。
「しっしっ」
「しっしっ、しっしっ」
子供たちが次々マネして、ほかの子供がゲラゲラ笑いだす。
「マネすんな」
「──りょんりょーん、だれかいんの?」
「いない」
涼一は短く答えた。
「──声するよ? 土屋さんは?」
「いまいない。こっちに来そうなセリフ吐いてたけど、異空間だからまたうまいこと来られんのかどうか知らん」
「──大丈夫だよ、りょんりょん! 二人の愛があれば奇跡の再会ってぜったいあるよ!」
爽花が力をこめてよく分からんアドバイスらしきことを吐く。
「──だからがんばって! わたし応援してる!」
「何をがんばるのかもうちょい具体的に言え」
涼一は眉をひそめた。
「とりあえず二人が異空間ラーメンデートしたって言ってたじゃん。──M区とラーメンデートで調べてみたの」
「……おまえ、的外れなデートスポット紹介じゃないだろうな。そんなんこっちのほうが知ってるからな」
顧客の店舗がデートスポットなら一通り把握してる。
涼一は運転席のシートに横向きに座り、子供らに背中を向けた。
「しっしっ、しっしっ」とうるさくてたまらん。何が気に入ったんだか。
「M区、ラーメンデート、神隠し。これでなんと昭和三十一年に起こったある事件がヒットしました!」
爽花が、「じゃじゃーん、ぱふぱふ」とウザい効果音を入れる。
事件か。
それは意外な情報だ。涼一は手に力を込め、爽花の話に集中した。
「どんな事件だ。刑事事件か? 殺人とか?」
「そういうんじゃないよ。むかしのM区のあたりでは神隠しにあった子供がけっこういて、最後が昭和三十一年なんだって。その新聞記事の転載みつけたの」
「神隠し……」
涼一は助手席と後部座席でキャッキャはしゃいでる気配のあるあたりを横目で見た。
「いや誘拐だろ? ふつうに」
「神隠しって転載したまとめサイトに書いてあるよ?」
爽花が言う。
「むかしの子供は見つからなかったみたいだけど、昭和とか大正の子供はわりと山中で見つかってて、みんな “おそばを食べてる” とか “うどん食べてる” って言ってミミズをもぐもぐしてたって」
「は?!」
涼一はスマホを耳に当てたまま固まった。
「え?」
「 “おそばを食べてる” とか “うどん食べてる” って言ってミミズをもぐもぐ」
爽花がもういちど言う。
「くりかえして言うな━━!! 気遣いねえのかおまえは━━━━━━!!!」
「しっしっ」
「しっしっ、しっしっ」
「キャハハハ」
こちらの動揺にかまわず、子供の霊があいかわらず同じことを続けている。
「しっしっ」
「オエッ」
口に手を当てて運転席のドアを開ける。
運転席の座席から草むらに足だけを投げだしてかがんだ。
とうぶんラーメンは食えん。
神経があんまり細くなくてよかった。細かったらたぶん一生食えない。
「いやまて。俺ら神隠しにあったわけじゃねえもんな。あのラーメン屋はぜんぜん関係ない怪異って可能性も」
涼一は早口でひとりごちた。
しかし昭和三十年くらいの設定だったというのが暗示的ではある。
神隠しが終わった時期か。
「もういいかい」
頭上から、ガラガラとにごった男の声でそう聞こえる。
涼一は空を見上げた。
うす暗くなりかかった空に、朱色が挿している。
夕暮れ。逢魔が時か。
「鬼きたー」
「鬼きたっ!」
子供の霊が、シートのかげにかくれて口々にそうつぶやく。
「まあだだよ!」
子供の一人が声を上げた。
「まま、まあだだよ!」
「ま、まあだだよ!!」
こんどはいっせいにそう言いはじめた。
バタバタッと車内が騒がしくなる。カスリの着物の子供と、比較的さいきんの時代っぽい子供のうしろ姿がうすく見える。
つぎの瞬間、子供たちの霊はいなくなっていた。




