逢魔が時၈車内 二
スマホの着信音が鳴る。
「ふぁっ!」
ピロロロという機械音に、子供の霊の何人かが驚いてうしろに引いたような気配を感じる。
「うー! へんな音鳴った!」
「笛? それ笛? へんな笛ー!」
スマホの画面を見る。土屋だ。
また異空間に連れこまれたのを察知して行員さんとの接触を斡旋しにかけてきたか、それとも自分が巫女姿の行員さんと遭遇でもしたか。
助手席と後部座席で、子供らが幽霊のくせにパニックを起こしている。
涼一はかまわずに通話のアイコンをタップした。
「はい」
「──いまどこ。営業先からなかなか帰らんって聞いたからかけてみた」
「営業まわりはきょうのはぜんぶ終わったから……まあきょうは、田中さんに迷惑はかからんと思うんだけどな」
子供たちの霊の音にならないドタバタ音が耳に届く。
「また異空間でぐるぐる回ってんの? こんどはなに屋さんあった」
「なんもねえわ」
涼一は車の周囲に広がる山中を窓ガラス越しに見回した。
「うーなんか聞こえるぅ! しゃべってるぅ!」
「それ、メリケンのものもぉす? おじさん、ものもぉす?」
助手席と後部座席から、子供の声がやかましく上がる。
「──鏡谷くん、だれ乗せてんの」
土屋が怪訝な口調で問う。
「……だれもいないっつうか」
涼一は答えた。
「──いや声するでしょ」
「なんつうか、だれもいないけど大勢に絡まれた状態っていうか」
涼一はシートに背中をあずけ、額に手を当てた。
「──ああ、どっかの未解決事件であったあった。人が大勢いて帰れないって電話で言われるの」
土屋が笑う。
「……怖がらせにきてる? おまえ」
涼一は顔をしかめた。
「まえに言ったろ。子供の霊に車んなかでドタバタされたって。同じやつらだと思うんだけど、また来られた」
「──っていうか、そのまえに具体的な場所言って。どこにいんの。現世にいるの?」
「あの世に行ったみたいに言うな」
涼一は眉をよせた。
「たぶんこのまえの山んなか。M区の付近からいつの間にか入ってた」
「──M区付近か」
土屋がつぶやく。
「──んで状況は? その子らの保護者に会えた? こんどはなに要求したの。保険適用されそう?」
「保護者いねえっぽい。なりゆきで名前聞いてた」
涼一はそう返した。
「おじさん、おじさん、あたしがなつでね、この子は、たけじろうだって」
横からかん高い声がはさまれる。
「お兄さんは忙しいんだから、勝手に書き込んどけ」
涼一は通話している途中のスマホを子供の気配のするほうに差しだした。
「──鏡谷くん」
土屋がなかばあきれたような声で言う。
涼一はもういちどスマホを耳元にもどした。
「いっそ営業職やめて、保育士に転向しよっか」
「しねえよ。何でだ」
涼一は脚をくずす感じで行儀悪く座り直した。
「──意外と合ってたりしそう」
「合ってねえよ」
額に手を当ててヘッドライニングを見上げる。
「──とりあえずM区ね。やっぱM区が何かカギなんじゃないかな。M区とかくれんぼか」
土屋がつぶやく。
「隠し神と神隠しと逢魔が時の伝承はあちこちの地方にあるみたいだけど、どうにもM区のへんな空間に引きずられまくるな」
土屋が通話を切ったあと、続くようにまた着信音が鳴る。
土屋がかけ直してきたんだろうか。涼一は軽く舌打ちした。
「なに言い忘れやがった」
通話のアイコンをタップしようと画面を見る。
土屋じゃない。爽花だ。
授業は終わってそうな時間帯だが、またくだらねえ内容だったら、このガキどもけしかけて呪わせたろかとか考える。
「はい。俺だ。こんどはどこ走ってる」
涼一は通話に出た。
「──走ってないよう。いま自分のお部屋だもん」
口をとがらせているような口調で返す。
「あそ」
「JKのお部屋だよぅ。りょんりょん、見たい? 見たい?」
「ぜんぜん」
涼一は眉をよせた。
「りょんりょんはさあ、つっちーさんって人がいるじゃん? 部屋入れても安心だからさあ、こんど遊びに来る?」
「……本題入れ。それが本題か? 切るか呪うかするぞ」
横から子供が通話口をのぞきこむような気配がする。
涼一は手で振りはらいながら顔をしかめた。




