逢魔が時၈車内 一
午後四時半。
営業まわりが終わり、涼一は市内の県道を社用車で走っていた。
M区に近いあたりにさしかかる。
このまえ同じところをぐるぐると回らされたのは、このあたりからだったか。
こんどは迷わせられないよう、周囲の景色と案内標識を慎重に見る。
カーナビはまだ正常なようだが、怪異に巻きこまれたさいに真っ先に乗っとられた前科が二度ほどあるので、怪しい事態のときはぜったいに信用しないことにした。
交差点にさしかかる。
右折すればM区。
まっすぐに行けば会社のある椀間市。
フッと一瞬だけ意識が途切れ、ウインカーを右に点灯させた。
そのまま当たり前のようにハンドルを右に切ってしまう。
五、六秒ほど走らせてから、周囲の景色が鬱蒼とした山中なのに気づいた。
「――うぇ」
ヤバいと気づいて車を停める。
車道は、いまどきあまり見かけない砂利道になっていた。
とくに急ブレーキをかけたわけでもないが、ザザザッと砂利をすべる音がする。
以前、血洗島で千鳥の霊に遭遇したさい、せまいはずのガードレール下を広々とした河原に見せかけられたときがある。
怪異の体験談のなかには、あんがいとこういう幻覚攻撃みたいなのが多いのか。
パシッと左肩をたたかれた。
「おじさん、鬼ぃ」
助手席で見えない子供が明るく笑っていた。
後部座席からも、数人の子供のドタバタ騒ぐ音がする。
「おじさん、名前なんていうの?」
「うるせえ。だれがおじさんだ」
涼一は毒づいた。
言ってから、この場面ではないが土屋が名前を知られないほうがいいと言っていたのを思いだした。
個人情報をなるべく知られないほうがいいのは、怪異も現代社会もおなじだなと妙な共通点を見つける。
「あたしねー、ちよ」
後部座席から、小学生くらいの年齢と思われる女児の声がする。
「あ、おれきちべえ」
こんどは男児の声がした。
えらい古風な名前だ。昭和三十年あたりが絡んだ怪異かと思ったが違うのか。
「きちべえちゃんはね、きっちゃんっていうんだよ」
女児の声がする。
「どうでもいいわ、おまえらのニックネームとか」
涼一は眉をよせた。
「あたしはね、みよ」
きっちゃん云々言った女児らしき子供がつづけて名乗る。
「おれ、ろくろう」
助手席の男児が声を上げた。
「おまえらとお友だちする気はねえわ。お兄さんは忙しいんだ。車から降りろ」
涼一は眉をよせた。
「おじさん、なんの仕事してんの? 異人さんとこで仕事してんの?」
「ちがうよ。おじさん、メリケンとかエゲレスの兵隊だろ」
見えない手が涼一のスーツの肩をつまむ。
お兄さん言ったろうがと思う。
「お兄さんは社畜さんってお仕事なの」
涼一は語気を強くして答えた。
「しゃちくってえらい?」
「ぜんぜん偉くねえ」
なかばヤケになったように涼一は会話をつづけた。
「おじさん、おれまつじろう」
「あーもう、んないっぺんに覚えられるか。ここに書け」
涼一はスーツのポケットからスマホを取りだして助手席のほうに差しだした。
子供らがいっせいにスマホに顔を近づけたのが気配で分かる。
「なにこれ、つるつるー」
「どこ書くの? 筆よこして」
スマホをつつくコツコツという音がする。
「ああもう……」
涼一はアプリの一覧を表示させた。
「おまえら、いつの時代の生まれなの」
メモのアプリを開きながら問う。
「じだい?」
「……生きてたときのどんな事件覚えてる」
子供たちは顔を見合わせているのか首をかしげているのか。何となくそんな気配を感じる。
「合戦あって、父ちゃんと兄ちゃんとお弁当もって見に行った」
男児の一人が言う。
なんだそりゃ。涼一は顔をしかめた。
「合戦って戦国時代? それとも戊辰戦争あたり?」
ふたたび子供たちが顔を見合わせている気配がする。
「元号は?」
また顔を見合わせている気配。
習ったこともふだんの自分の時代に関する認識もいろいろ違うのだろう。
こちらも見当のつけやすい質問ができるほどの歴史オタクではない。
このさい時代が分かんなくても不都合はなさそうだし、やめにするかと思う。
「なまえ、もういっかい。いちおうメモに保存しといてやるから、右から順番に言え」
涼一は見えない子供らを右側から雑に指さして行った。
子供らがまたもや顔を見合わせたような気配がする。
「まつぞう、みえ、あと何?」
「そんなやついないって。きちべえだよ」
男児の一人が言う。
「みよだよ」
後部座席の女児がもういちどそう名乗った。
まつぞうもきちべえも、みえもみよも、何か同じような名前に感じるんだよなと涼一は思いながら名前を書きこんだ。時代が違うせいか。
「うちの姉ちゃんはね、まつとうめ」
「姉ちゃんもそこいんの?」
涼一は後部座席をふり返り、何もない宙を見て目をすがめた。
「姉ちゃん、嫁行ったよ」
「……そこにいるやつだけ言え」
座り直して眉をよせた。




