株式会社わた၈はら 社員用駐車場 三
夕方。
営業まわりを終え、涼一は自社の社員用駐車場の区画線に車を乗り入れた。
ギアをパーキングに入れてエンジンを切ったとたんに、はぁ、と息を吐いて運転席のシートに背中をあずける。
フロントガラスから見える空は、群青色のなかに挿し色のように朱色と金色がスッとのびて、怖いような美しさだ。
逢魔が時っていうんだっけ。
こっわい謂れのある時間帯だと聞いたことがあるようなないような。
ググッてみようかと思ったが、面倒くさい。
もういいかい、まあだだよ、もういいよに似た言葉を他人が言うたびにビクビクして周囲を見回すのにつかれた。
これが何日つづくのか。
コンコン、コンコンと助手席側のサイドウィンドウを叩く音がする。
土屋だ。
返事をするまえに、勝手に助手席のドアを開けて乗りこんだ。
「おつかれ」
土屋が缶コーヒーを差しだす。
涼一は差しだされた缶コーヒーをチラリと見た。
「なんかもう、つかれてプルタブ開けんのも面倒くせ」
「いや俺もさあ、営業先の人が例の言葉っぽい単語を言うたびにビクビクしてすごしたわ」
土屋が缶コーヒーを飲む。
「こうなるとさあ、“モヒカンかい” とか “モーホーかい” とか “おモチ屋愛” とか、どこまで崩したら反応しなくなるかとか実験してみたくならね?」
「ならね」
涼一は短く答えた。
鬼が来ないらしいところをみると、どれにも反応しないようだが。
「さやりんちゃんが調べたなかにさ、隠し神ってあったでしょ」
土屋がすこし身体をかたむけてスーツのポケットからスマホをとりだす。
二、三度タップした。
「妖怪みたいなのだろ」
「言い伝えって、むかしのいろんな事象とか事件とかがごっちゃになってたりするから。隠し神ってのも、地方によって天狗と同一視されてたり神隠しそのものを言ってたり」
土屋がどこかのサイトのコピペらしきものを表示させる。
「鬼のつぎは妖怪と天狗かよ……完全にただの社畜が相手する世界じゃねえわ」
涼一はサイドウィンドウに頭をあずけた。
「ついでに見つけたんだけど、火の見やぐらがあったM区のあたり、むかしは不動明王と青鬼を同一視する信仰があったんだってさ」
土屋が親指でスマホの画面をタップする。
「ああ……」
涼一はつぶやいた。
「そういや山中で鬼に車噛られたとき、倶利伽羅剣ふるってるときのお不動さんに似てると思ったな」
「へえ。んじゃこれって、M区の何か因縁の話って考えていいのかな」
土屋が言う。
おなじように営業まわりしながら、よくここまでやるよなと思った。
「さやりんちゃんにM区に絞って情報収集してくれるようお願いしてみる?」
土屋が、スマホをスクロールする。
「あいつ暇そうだからどんどんやらせろ。マラソンの最中にまで電話かけてきやがった」
「りょんりょんが?」
「何で俺がマラソン。あっちが体育の授業で走ってたの」
土屋から受けとった缶コーヒーのプルタブを開ける。
ごくごくと飲んだ。
「んで、つづきなんだけどさ」
土屋が切り出す。
「隠し神ってのは、現代で言うところのつまり誘拐犯じゃないかって見方もあって」
「つまりも何もそれだろ。むかしなんか科学捜査もないし警察犬もいないし楽勝だよな」
涼一は缶コーヒーを飲んだ。
土屋がスマホ画面をスクロールする。
「山中での子供の神隠しの話が多いのは、炭鉱なんかに出稼ぎに来てた人たちがさらってたんじゃないかって説も」
「……炭鉱?」
涼一はフロントガラスの外を見つめた。
土屋があのラーメン屋で撮った画像。
ラーメン屋の店内で撮ったにもかかわらず、炭鉱の入口からのぞく大柄な男のようなものが写っていた。
「そういや鏡谷くんが映した動画は?」
土屋が尋ねる。
「いや……チラッと見たけど真っ暗でなんも映ってなかった。いちおう爽花がよこせよこせ言うから昨日送信したけど」
涼一はそう説明した。
「なんも?」
「引きこもりちゃんのPC借りて明度上げたりしてみるってさ」
「たくナントカちゃん、生きてたんだ」
土屋が缶コーヒーを口にする。
「生きてたんだな」
「PC借りに行って大丈夫なの? 生意気そうな女の子怖いって、さやりんのこと怯えてたじゃん」
「生意気そうじゃなくてガチで生意気だからいいんじゃねえの?」
適当なことを言ってみる。
土屋がフロントガラスの向こうをながめて缶コーヒーを飲む。
群青色の空は朱色と金色の挿し色がさきほどよりも細くなり、駐車場の二箇所ほどのLSDライトが点灯した。
「んでつづきだけどさ。逢魔が時にかくれんぼすると神隠しに遭うって言い伝えが各地にあって、ようはこのくらいの時間帯に遊んでた子がよくさらわれたって話なんだろうけど」
「逢魔が時……」
涼一は缶コーヒーを口にしながら空を見つめた。




