病院まɀ 二
「こんばんはお兄さん、お名前おしえてくれますか?」
少女が上体をかたむけてこちらの顔を見る。
かわいらしいでしょアピールのつもりだろうか。かわいいけど十代の子とか範疇外だし。
「何でいまいきなり会った中学生に個人情報いうの。いそがしいからごめんね」
涼一は横を向いてスマホで検索をつづけた。
「高校生」
少女が自分を指さす。
「……何で高校生に言わなきゃならないの」
検索するうちに、「二人になった渋沢 栄一のホログラム肖像を見てからおかしい」という内容のポストを見つけた。
関連のことをいくつかポストしているようだ。
タクシーを呼んで、待ってるあいだにゆっくり読むか。
「ごめん。いそがしいから、じゃね」
涼一は少女に背中を向けた。
少女がすばやく前方に回る。涼一のスマホの画面をのぞき見た。
「これわたしがポストしたやつじゃん。やっぱ興味ある?」
少女ががそう尋ねる。
涼一は目を丸くした。ほんとうのことだろうか。
からかわれてるのかもしれない。無視してきびすを返す。
「コンビニでおつりもらったときさあ、渋沢さんのホログラム? のとこが二人になってたんだよね。で、あれ? これなにヤッバいニセ札? って思ってたら、こんどわたしが二人に見られだしてさ」
少女が強引に聞かせようと大きめの声で説明する。
言葉足らずで分かりにくい説明だが、ホログラム肖像の頭がないのを見てから頭部がない感覚の自分と、ホログラム肖像が二人のものを見てから自身が二人いるように人に見られだした少女。
共通点はある気がする。
「……ちょっと待て。何でおつりで一万円札もらうんだ」
ふと気づいて涼一は顔をしかめた。
少女が大きな目を丸くする。
「いえーい」
ややして、話をごまかすようにこちらに向けてピースした。
コンビニの店員が勘違いしたのか、外国人の店員か何かだったのか。
ともかくそれをシレッと受けとったわけだ。
自業自得じゃないか。やっぱり知らんがなと思う。
「ふつうに使えたよ」
「……使ったの」
涼一は眉をよせた。
とはいえ、ただでさえ非常事態のときに未成年の微罪を通報して警察に調書を取られてるのも面倒くさい。そんなことしたら、確実に今日中には帰れない。
聞かなかったことにしようと判断する。
「んでさ。あ、わたし夏目 爽花っていうんだけどさ」
少女が勝手に名乗る。
どこにかかる「んでさ」なんだ。話の脈絡がつかめない。
というか、変なやつにいちばん狙われそうな女子高生が個人情報をそんなに簡単に言っていいのか。
「お兄さん、鏡谷 涼一さんでいいの?」
少女がそうとつづける。
涼一は目をむいて少女をふり返った。
「……え、何で」
「友だちがラインでさ、造幣局で倒れた人がいて、運ばれていくとこ見たら新札の渋沢 栄一にソックリだったって言うから、これマジでキターって思って運ばれてった病院さがしたの」
「マジでキター」に含まれているものがよく分からん。
「造幣局ってなに。大阪とかじゃないの?」
涼一は暗くなった周囲の景色を見回した。
やはり民家はすくない地域らしく、おもに見えるのは疎らな外灯のあかりだ。
「支局があるんだよ」
少女が答える。
「ここから近いの?」
「S市だからぜんぜん」
少女がふるふると首をふる。
「……倒れた人を、べつの市の病院にわざわざ運ばないでしょ」
「わたしもそこは変だと思ったんだけどさ。ドクターヘリとか使ったのかなって。でもわざわざ県庁所在地から田舎の市の病院に運ばないよねえ」
少女が言う。
思うに造幣局というのは友だちのガセか何かの勘違いなんだろうが、それでも正確に本人にたどりつかれてしまうのが恐ろしい。
「……病院って、どうやって特定したの」
「このへんなら一軒だけだもん」
少女が人差し指を立てる。
うゎ簡単すぎる。涼一は眉根をきつくよせた。
「待合室でマンガ読みながらしばらくいたら、受付のおばさんが ”鏡谷 涼一さん" って何回も呼んでたから、あ、それかなって」
迂闊に病院に運ばれるもんじゃないなと涼一は眉をよせた。
個人情報が、いきなりわけわからん女子高生に知られてんじゃないか。