株式会社わた၈はら 社員用駐車場 二
社屋から歩いて二、三分ほどさきの社員用駐車場。
社用車の運転席で、涼一はシートに背中をあずけた。
まばらに停まったほかの社用車をフロントガラス越しに眺めてため息をつく。
時刻は正午すこし前。
つぎの営業先に行く時間までは、まだ間がある。昼食とって車のなかで仮眠でもするか。
そんなことを考えながらスマホをとりだす。
ちょうど着信音が鳴った。
「はい。あっ、お世話になっておりま……」
「──りょんりょん大丈夫?! 土屋さんに言われた言葉は言ってない?!」
爽花のかん高い声が耳に響く。
つぎに行く営業先だと思って相手を確認せずに出てしまった。
涼一は顔をしかめてスマホ画面を見た。
「なに邪魔しにかけてる。仕事中」
「──すぐ出たじゃーん」
「休憩中」
涼一は眉根をよせた。
「わたし心配でさ。きのう土屋さんが言ってた言葉、うっかり言ってない?」
「言ってたら鬼と攻防中だろうが。こんなふうにすぐ通話に出られるか」
通話しながら涼一は車のキーを一段階だけ回し、車内のデジタル時計を表示させた。
まだ正午すこし前。
「おまえ学校は? 昼休みってまだだろ」
「──体育でマラソン中ぅ。お外にいまぁす」
へへへっと爽花が笑う。
「……走れ」
涼一は声音を落とした。
どうやってスマホ持ち出してんだ。体育着に忍ばせるのか。
いまどきの女子高生は油断ならねえなと思う。
「──あっ、先生きた。じゃね、りょんりょん気をつけてね。つっちーさんによろしく」
一方的に通話が切られる。
「……怒られろ」
涼一はスマホ画面に向けて悪態をついた。
もういいかい、まあだだよ、もういいよ。
涼一は指を折り脳内で復唱した。
気をつけていればけっこう大丈夫じゃないかと思うが。何となくネクタイを直す。
とはいえ、しんどい。
なぁんで俺なんだ、人選ミスだろ。もういちどため息をついた。
「あ、もういいんですか?」
営業先に到着すると、以前に担当をまじえて話したことのある相手会社の社員と玄関ですれ違った。
思わず後ずさる。
「もういいかい」ではないとすぐに気づいたが、これで鬼が召喚されないか、心臓がばくばくと鳴る。
「お世話になってます……えと?」
「このまえ、こっちに来る途中で具合が悪くなったって聞いたんですけど。――急遽、田中さんが来てたから」
「あ……ああ」
涼一は苦笑いをした。
担当の人にはとくにそういったことは聞かれなかったが、田中さんがそういうことにしていたのか。
「ご心配おかけしました。もうすっかり」
涼一は営業用の笑顔で答えた。
「いやそうですか。まあだ――」
つい頬を引きつらせて後ずさる。
「まあダウンするくらいなら休んだほうが」
アハハと笑いかけて社員が玄関のガラス戸を開ける。
「んじゃども」
「……あ、ども」
涼一はおじぎをして見送った。
やべえ。
会社がけっこうブラックなのかと思われたのかもしれんが、巻きこまれてる事態がブラックで、ブラック勤務よりこっちでダウンしそうというかもはや自分で何を脳内で言っているのか分からん。
「あ、もういいよ」
背後から年配の女性の声がする。
涼一は、もよりの壁に背中で貼りついた。
モップとモップバケツを持った、清掃会社の人と思われる女性が階段のほうから現れる。
「もう一階……」
女性が階段のほうを指す。
「もういいかい」に聞こえて、涼一は胸元をおさえた。
「もう一階から三階にかけて、バーッと泥で汚れてたから。掃除おわったけど」
女性が、腕を上下させて階段の上階と下階を交互に指さす。
「あ……はい、おつかれさまです」
涼一はそう返した。
女性が、ズイッと近づく。
「ここの会社の人?」
「いえ営業で来たとこで」
涼一は壁に貼りついたまま答えた。
「なら、もういいよ」
「えっ……」
するっと言われてしまった。
こんどこそ鬼が屋内に侵入してくるのでは。
涼一は、玄関のガラス戸と玄関口わきのハメ殺し窓をきょろきょろと見た。
「もう入ってもいいよ、会議室も掃除おわったし」
「あ……はい。ありがとうございます」
誰だ。かくれんぼのセリフをあれに決めやがったやつ。
涼一は顔を引きつらせた。




