K市 龴ンション駐車場
「おいしかったけどな。夏以来だけど」
K市郊外のマンション駐車場。
涼一は、土屋の運転する車の助手席でつぶやいた。
フロントガラスいっぱいに広がるマンションの窓の明かりを見上げる。
けっきょく爽花を送っていったところ、二人で綾子の手料理をごちそうになることになってしまった。
コンビニのもの以外のビーフシチューを食べたのは何年ぶりか。
大皿に盛られたシチューの大きな肉のかたまりと、立ちのぼる湯気のホッとする光景と、ほどよい酸味がまだ五感に残っている。
綾子の夫だけは親戚の女子高生を送ってきた十歳も歳の離れた会社員二人組に、やはり軽く怪訝な顔をしていた気がしたが。
「あったかい手料理とか久しぶりだったからありがたいわ。自炊してる時間ってけっこうないし」
土屋がハンドルに手をかける。
キーを回してエンジンをかけた。
「まえに泊めてもらったときもびっくりしたけど、人見知りしない家系なのな。いまどき貴重っつうか。――爽花と綾子さんがそうなだけかもしれんけど」
涼一は、サイドウィンドウから左手を確認した。シートベルトを締める。
「引きこもりのナントカくんが親戚中の人見知り一手に引き受けてんじゃないの?」
土屋がウインカーを出す。車を発進させた。
「何ていったっけ。あの引きこもりの人」
涼一は記憶をたどったが、関わる時間が何倍もあった爽花の名前すらいちど忘れたのだ。
数十分程度しかおなじ部屋にいなかった取引先の人でもない人物の名前は、とうに薄れている。
「たく……たく何とかちゃんじゃなかったっけ」
「たくや? たくと?」
涼一は可能性のありそうな名前を挙げてみた。
「たくまちゃん……ちょっと違うか?」
土屋がウインカーを出す。車はマンション敷地内から車道に出た。
「名前はともかく爽花も綾子さんもあの家から出たってことは、生きてんのか? あの人」
涼一は顔をしかめた。
「もしもの場合は、行員さん通じて成仏させるための何かやらされんじゃないの? なんせ一時的に倶利伽羅剣の所有者だった人だし」
「うええ」と涼一は顔をしかめた。
「そしたら今度こそおまえがパシリやれ。行員さんには巫女さん姿で出没してくれるよう言っとく」
涼一はサイドウィンドウを流れる景色をながめた。
「希望の格好とかしてくれんのかね」
「今回はJAの制服ですがいかがでしょうみたいなこと言ってたから、じつはコスプレ好きなんじゃねえの?」
涼一は言った。
「神仏がコスプレ好き……」
土屋がハンドルを握りなから複雑な表情になる。
「水着オーケーかな……」
ややしてからそうポソリと続けた。
つい水着姿をリアルに想像して、涼一はフロントガラスの一点を見つめて黙りこくってしまった。
土屋も無言で前方を見つめている。
しばらくどちらも声を発さず、ときおりウインカーを出すカチッという音だけが車内に響いた。
「……何の話だっけ」
土屋が通行車両の少ない夜の県道を見つめて問う。
車内に表示されたデジタル時計は、夜の十一時十一分を表示している。
「あ、ゾロ目……」
涼一はそう答えた。
土屋が運転しながら横目でチラッと時計を見る。
「ゾロ目だ。縁起いい」
「そなの?」
「知らんけど」
信号が青になり、土屋がアクセルを踏む。
「……水着だっけ」
涼一は、目の前の県道を見つめた。
自宅アパートが近づいてきた。
涼一は、グローブボックスに入れた自身のスマホをとりだした。
「あとはあした以降か。眠いし」
メールを開く。
爽花がほかにも調べたことを食事まえに送信してくれた。
「隠し神……」
涼一はつぶやいた。
「関係あるのかないのか知らないけど、かくれんぼググッてるうちに出てきたって」
土屋がハンドルを握りつつ言う。
「もしこれが関係してるとしたら、行員さんと神仏同士の闘いになるとか?」
涼一は眉根をよせた。
ますます一般人にはなじみのないことに巻き込まんでほしい。
「いや、さっきチラッとメール見たけど、名前は神でも妖怪みたいなやつっていうか、そんな感じらしいけど」
土屋が答える。
車が、自宅アパートの敷地に乗り入れた。




