自宅アパート 三
土屋がスマホに文字を打つ。
やや長文のようだ。涼一と爽花は文字を打つ様子を真剣な顔で見つめた。
土屋が打ち終えてスマホの画面をこちらに向ける。
『つまり鬼は「もういいかい」と聞いてくる。そこに「もういいよ」と答えたらラーメン屋のときみたいに襲われる。「まあだだよ」と答えたら、鬼は立ち去るというか襲われない。たぶんこういうパターン』
「ラー……」
口で聞き返しそうになって、涼一は口をつぐみ改めて文字を打った。
『ラーメン屋さん? それ新情報?』
爽花がスマホ画面をこちらに向ける。
『山から戻る途中、二人でラーメン屋入った』
土屋がそう書きこむ。
『異空間ラーメン屋な。昭和のトイレから脱出した』
涼一はそう付け加えた。
『ラーメンデートだ(絵文字)』
爽花がこぶしを口に当てて「きゃー」と小声で言う。
『ただでさえまどろっこしい遣りとりなのに、わけ分からんツッコミ入れんな』
涼一はそう書いた画面を爽花に見せた。
改めて文字を打ち土屋に見せる。
『ラーメン屋で、もういいよなんて言ったか?』
『鏡谷くん「お使いとかもういいよ」みたいなこと言わなかったっけ』
「それだー!」
爽花が声を上げる。
『ああうるせえ』
涼一は顔をしかめて爽花にスマホ画面を見せた。
『そのつもり無くてもそう認識される訳?』
そう書き込んで土屋に見せる。
『そうだと思うとしっくり来る気がする』
土屋が文字を打つ。
『解除方法つか、参加辞退の方法は?』
『知らん』
土屋がそう返す。
涼一はため息をついた。
『子供んとき、かくれんぼして何て言って帰ったっけ』
涼一はそう書いて土屋に画面を見せた。
土屋が宙を見上げる。
『ばいばーい?』
しばらくして、そう書いた画面をこちらに見せる。
さらに何か打ちこむ。
『「五時だから帰るねー」?』
『そこは何か決め手ねえのかな。何したらゴールだ?』
涼一はそう書いた画面を見せて顔をしかめた。
「ていうか、もう口でしゃべってもよくない?」
土屋がそう言い、スマホをスリーブさせる。テーブルの上に置いた。
『いや、大丈夫?』
涼一はそう打ちこんだ画面を土屋に向けた。
『も、しゃべんの怖い(絵文字)』
爽花がうるうる顔になりながら、スマホの画面をおなじく土屋に向ける。
「さっきの三つの言葉だけ言わなけりゃいいんじゃないかな。たぶんだけど」
土屋が指を三本立てる。
「……ほかの言葉で鬼が来たらどうする」
涼一はテーブルに頬杖をついた。
言ってみてから、「鬼」という言葉そのもので召喚されるんじゃないかと不安になりカーテンをかけた窓をながめる。
「そんときはそんときでまた考えりゃよくね? とりあえず行員さんのセーフティネットはあるっぽいし」
土屋が、えびせんの袋を開ける。二、三本つまんでポリポリと食べはじめた。
そうはいってもだ。肝据わってんなこいつと涼一は思った。
「かくれんぼのあの言葉って、意外と日常的に使う言葉なんだな、意識してみると。そこが厄介だよな」
涼一はペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。
爽花が、ぷはぁっと息を吐く。
「息つまりそぅぅ」
かん高い声を上げてテーブルにつっぷす。
「これから綾子ちゃんち行って手料理ごちそうになるのにぃ……」
つぶやいてから、爽花がいきおいよく顔を上げる。
「え、ちょっと待って。綾子ちゃんとか旦那さんとかがそれ言ったらどうすんの? わたしが鬼とかくれんぼすんの?」
涼一は土屋と顔を見合わせた。
「それもそうだよな」
涼一がそう言うと、土屋が軽くうなずく。
「限定された人間だけじゃないとおかしいよな。――どこかの時点で参加者認定されてんのか? それともスタート地点にいただけで巻きこまれてる?」
「りょんりょん、まだ吐いてないことあるんじゃないの?」
爽花がうたがうように眉をよせる。
「何か参加受け付けみたいなのなかったの、鏡谷くん。行員さんの励ましのキスとかハグとか」
「やだーりょんりょん、土屋さんがいるのにっ」
爽花が声を上げてテーブルに身を乗りだす。
「あの時点で土屋は着いてねえよ。時系列ごっちゃにすんな」
涼一はえびせんをつまんだ。




