自宅アパート 二
「なんかいろいろ調べて来たんだけどさあ」
爽花がちゃぶ台に肘をつき、スマホを操作する。
「おまえ、それ報告するためにわざわざ来たの? メールでよくね?」
涼一は、土屋が買ってきたポテトチップスの袋を開けた。
「このまえ親戚の三十三回忌に出たでしょ? そのときに綾子ちゃんちに泊まって夕飯ごちそうになるはずだったんだけど、ほかの用事あって帰ったんだよね」
爽花がチョコバーを噛る。
「んでもりょんりょん大変そうだから報告に来てあげて、そのついでに綾子ちゃんのとこ出直しっていうか」
「俺がメインなら来る必要ないだろ」
涼一はポテトチップスをポリポリと噛った。
「あっ、そうか」
爽花がチョコバーを噛じる。
「おまえ、計画性ないだろ」
「いいじゃん。りょんりょんとつっちーさんも綾子ちゃんちでいっしょにお夕飯食べない?」
爽花がチョコバーをくわえながらペットボトルのフタを開ける。
「本題入れ。おまえ前置きも長すぎる」
涼一は顔をしかめた。
爽花が、スマホ画面にメモを表示させる。
「とりあえず “かくれんぼ” でググッてみましたっ」
「それはもうやった、俺が」
涼一はポテトチップスをつまんだ。
「鬼が目をふさいでいるあいだにほかの参加者がかくれて、鬼がかくれた人をさがす遊び……」
「んなもん知ってるってな」
涼一はポリポリとポテトチップスを噛った。
「遊び心をやしなう、社会性をやしなう、考える力をはぐくむ、情緒をやしなう、 忍耐力をそだてるなどの効果が……」
「だから、アラサーにもなって神仏に遊び心をやしなってもらってどうするんだっていう」
「忍耐力をそだててくれてんじゃねえの?」
土屋がペットボトルのフタを開ける。
「うるせえよ」
涼一はポテトチップスを噛った。
「そこで情報収集係のわたしとしては、言霊に目をつけてみましたっ」
爽花がはりきった声を上げる。
「へえ……」
「言霊」
土屋が感心したように復唱する。
「何かあった?」
「ところがさー、何にもないんだよね」
爽花が唇を尖らせる。
涼一と土屋は目を合わせてため息をついた。
「“もういいかい” と “まあだだよ” と、“もういいよ”ってのに、なんかもとになった呪文的なやつとかあるのかなとか思ったんだけどさ」
「言われてみればたしかにありそう」
土屋がペットボトルのお茶を飲む。
「でも、どんだけググッてもないの。SNSで聞いてみたんだけど、知ってる人だれもいないらしくて」
「んじゃそれは言葉そのまんまの意味か」
涼一はペットボトルのお茶を飲んだ。
「んじゃ、行員さんがわざわざ人の横で “まあだだよ”ってくりかえしてたのって、やっぱただ言ってただけか」
「え」
爽花が目を丸くしてこちらを見る。
「鏡谷くん?」
土屋が顔をしかめた。
「それ聞いたっけ?」
「言ってなかったっけ?」
涼一はポテトチップスをつまんだ。
土屋と爽花が目を見合わせる。
「お聞きになりまして? さやりん奥さま。こうやって後出ししやがるんですわ」
土屋が口の横に手をあてて言う。
「土屋の奥さまもあきれるなんて相当ですわね」
爽花もおなじように口の横に手を当てる。
「おまえら、それもうい……」
「それ、もういいわ」と言おうとした。
土屋がいきおいよく片手を伸ばし、涼一の口をふさぐ。
「ちょっ、まった、鏡谷くん。それちょっと待って」
「ひゃんだ、これ離へ」
「ひゃあああ……」
爽花が顔を真っ赤にして、土屋と口を抑えられた涼一の様子を見ている。
「ひあっ、あの、だいじょぶ。わたし見てないから心おきなくキスし……」
「噛むほ、オラ」
涼一は土屋に口を抑えられながら、ガチガチと歯を鳴らした。
「いや、噛むな。動物か」
土屋が吐き捨てる。
「とりあえず、かくれんぼに関する一連の言葉やめて。――ちょっと筆談しよ」
そう言い、土屋が手を離す。
「筆談?」
涼一は問うた。
「かくれんぼに関する言葉、もしかして口にしないほうがいいかも」
言いながら土屋が自身のスマホをとりだし文字を打つ。
メモ機能か、メールの下書きと思われる画面を表示させてこちらに見せた。
『つまり、もういいかい、まあだだよ、もういいよ』
涼一と爽花は、無言でコクコクとうなずいた。
「いや、ほかの言葉は口で言ってもいいんだけどさ」
土屋がスマホを引っこめて言う。
爽花が、ぷはぁと息を吐いた。
「言っていいのと悪いのと、とっさに区別つかないい。息までしちゃいけない気分になるうぅ」
「わかる」
涼一は答えた。
土屋が文字を打つ。またこちらに画面を見せた。
『んじゃ、ぜんぶ文字にして。鏡谷、何人かの子供の霊を怒鳴りつけたとか言ってたけど、何て言ったの』
涼一は軽く眉をよせた。しばらく記憶をさぐってからメモ機能を開いて文字を打つ。
『保護者に修理代払わせるとか、そういうこと』
爽花がすばやく文字を打ち、こちらに見せる。
『うゎお』
『何だそれ』
涼一はそう打って見せた。
土屋がまた文字を打つ。しばらくしてスマホの画面をまたこちらに向けた。
『鏡谷、鬼に車噛られたって言ってたけど、どうやって逃れたの。あっちが勝手に逃げたの?』
涼一は記憶をさぐり文字を打った。
『もういいかいって言うから、まあだだよって言った』
『そしたら逃げた?』
『逃げたっていうか、べつのとこ行った』
土屋はしばらく何かを考えていたが、やがて「あー」と声を発した。
「あーつまり、鬼とのかくれんぼだ。だからそれなんだ」
「は?」
涼一はそう声を上げたが、すぐに口をつぐんで文字を打った。
『いやそれ分かってるって』
土屋が文字を打って返す。
『分かってなかったよ、俺ら。行員さんは、鬼を回避できるというか遭遇しても安全が図れる言葉を教えてくれてたんじゃないかな』




