自宅アパート 一
営業回りを終えて会社にもどり、コンビニで夕飯を買って自宅アパートに帰ったのは夜の八時すぎだった。
アパートの敷地に入り、自宅のある棟に向かう。
自宅のドアのまえに、小柄な人影がしゃがんでいるのに気づいた。
頭をポニーテールっぽく結い、片方の肩にリュックサックのような大きめのバッグをかけている。
通路のうす暗い明かりに照らされて、人影がこちらを向いたのが分かった。
いきおいよく人影が立ち上がる。
涼一はギョッとして後ずさった。アパート敷地内に敷き詰められた砂利が、ザザッと音を立てる。
「こんどは小鬼か!」
「りょんりょーん、おっかえりぃ!」
ザザザザザッと砂利の音を立てて、キャピキャピ声の人影が走りよる。
「よるなてめえ! 倶利伽羅剣で殴打してコニポンとか名前つけるぞ!」
「りょんりょん、やほ……」
抱きつこうとした人影が、手前で足を止める。
照れるように横を向いた。
「やっぱハグは土屋さんのものだし、寝取りみたいなのはダメだよね」
もじもじとわけの分からんことを言う人物を見下ろし、涼一は目を見開いた。
「……名前、何だっけ」
「なにそれ。さやりんでしょ」
そうだ、爽花だ。このまえ会ったにもかかわらず速攻で忘れてた。
爽花がまるで警察手帳のように生徒手帳をかかげ、夏目 爽花と書かれてあるページを見せる。
「このまえ会ったばっかじゃん」
爽花が両手で肩のリュックサックをかけ直す。
「興味ない記憶はすぐ削除すんの。脳の容量もったいないし」
「んもう、興味があるのは土屋さんだけなの分かるけどお」
爽花が頬に手をあて、はああ……と息を吐く。
「んでここで何してんの、なに」
涼一は顔をしかめた。
「できたら、りょんりょんのところにお泊りさせてもらおうと思ってさ」
爽花がもういちどリュックサックの肩のベルトをかけ直した。
「は? 人のこと犯罪者にする気か。ホテルでも行け」
「土屋さんに連絡したらさ、一人暮らしだからまずいんだってさ」
「俺も一人暮らしだ。ざけんな」
涼一は、通勤カバンから鍵をとりだした。玄関ドアの鍵を開ける。
「家出か? まだ終電あると思うから帰れ」
「家出とかしないよぅ。家に帰れば、お兄ちゃん二人がベッタベタにかわいいかわいい言ってくれるのに」
このまえの新紙幣の騒ぎのときは、居心地悪いとか言ってなかったか。
あれは顔が渋沢さんになって二体に分裂してたから家族がどう接していいか分からなさそうなのが居心地悪かったんだっけ。
他人の家族仲とか自分のもの以上にどうでもいいけど。
「ともかく帰れよ」
涼一はドアを開けて自分だけ屋内に入った。
「おおっと」
ドアを閉めるまえに爽花がむりやり身体とリュックサックを割りこませる。
「おっとじゃねえ、入んな!」
「わたし考えたんだけどさ」
爽花が言う。
「りょんりょんが親戚ってことにすればいいじゃん。なんかあったら、古い家系図が見つかって遠い親戚なのが判明した人なんですぅって証言するよ?」
「んなもんで通ったらだれも苦労せんわ。JKなんて立場でいる以上、冤罪製造機だと自覚しろ」
「何やってんの、はよ中に入ったら?」
爽花のうしろから男性の声がする。
そのままその男と爽花に押されて、三人で屋内に入った。
せまい三和土であわてて革靴を脱ぎ、涼一は玄関からすぐの水場に脚をもつれさせるように進んでから足を止めた。
ふり向いて押してきた男がだれなのか確認する。
土屋だ。
勝手知ったる様子でカチャリと玄関の鍵を閉める。
「んでさやりん、綾子さんのところには何時くらいに行けばいい?」
「綾子ちゃんも旦那さんも夜遅くてもいいよーって言ってくれて、合い鍵あずかってきたあ」
爽花がリュックサックのファスナーつきのポケットを指す。
「車で三十分くらいのとこだな。俺が帰るとき乗せてくけど」
「ありがと。つっちーさん優しい」
「……話見えんのだけど」
涼一は顔をしかめた。
「まえに鏡谷くんがお世話になった人妻の綾子さん、ご自宅がK市じゃん」
「知らん」
涼一は答えた。
「鏡谷くんは聞いてないの?」
土屋が爽花に尋ねる。
「どうだったかな」
爽花が首をかしげた。
「かくじつに聞いてねえわ。S県の人かと思ってた」
「さやりんちゃん、そっち泊まるから送ってくって話」
土屋が、部屋行って行ってというふうに奥のフローリングの部屋にうながす。
「いやおまえ、ここ泊まるって言わなかった?」
涼一は爽花に問うた。
「できればって言ったじゃん。いろいろ調べてきたの。話しが長引いたら移動めんどくさいじゃん」
「……順番に要点だけしゃべるクセつけろって前に言ったよな」
涼一は声音を落とした。
「まあ、いいから。せっかくだからさっさと終わらそ。お菓子とか食いながらさ」
土屋が涼一の顔のまえにコンビニのビニール袋をかかげる。
「いろいろ買ってきたからさ」
涼一は、ビニール袋をはさんで土屋と目を合わせた。
「……ども」
「千円ずつな」
涼一は顔をしかめた。




