O⊐ーポレー氵ᴲン 社屋廊下
営業先の担当との話を終え、涼一は相手の会社の社屋内を玄関口に向かって歩いていた。
貼りつけていた作り笑顔を、受付のまえを通りすぎたあたりでスッと落とす。
無事に済んでホッとする。
というか、きょうは何ごともなく営業先にたどりつけて良かった。
これから営業に出かけるたびこんなふうに道に迷うかどうかを気にしなきゃならんとかムリすぎる。
土屋の言うとおり、ここはさっさと解決する努力をするべきなのか。
このままでは落ちついて社畜生活ができん。
玄関口を出ようとすると、セミロングの事務服姿の女子社員が出入口の自動ドアのまえでたたずんでいた。
逆光であまりはっきりとは見えないが、目の大きな丸顔の顔立ちでニッコリと微笑んでいる。
両腕を前でそろえ、こちらに向けて会釈した。
行員さんこと不動明王じゃねえか。
涼一は眉根をよせた。
よくもタイトスカートと太股ごときで変なもんに巻きこんでくれやがったな。
自動ドアを開け玄関を出て、つかつかと歩みよる。
「こんにちは……」
「あのなあ、ほかのえらい人に頼めって言ったろ。俺はただの営業職の社畜なの。パシリと兼業するほど暇じゃないの」
女子社員の顔をあらためて見る。
よく見たら、行員さんとはまるっきり別人だ。
美人さんだが、行員さんのほうがこの百九十二倍くらいかわいい。
「あ……っと」
涼一はあわてて女子社員から離れた。
やばい。
営業先の女子社員にいきなり絡むとか、信用なくす以前に担当チェンジを要求されかねない。
「すっ……すみませんでした。ちょっ、何ていうか知り合いにすごく似てて」
よく見たらあんまり似てないけど。
「ほんと、申し訳ありませんでした!」
涼一はペコペコと頭を下げた。
おじぎをしたことで、視界が地面を向く。
足元のアスファルトの上を、巨大な青黒い腕がグイーと伸びて這っていった。
ラーメン屋の店内に侵入してきた鬼の腕に似ている。
涼一は頭を下げたままの格好で、腕の動きを目で追った。
どこから腕が伸びているのか横目でさぐる。
この会社の敷地外から伸びているようだ。門の外まで続いている。
敷地外はすぐ国道だ。ウソだろと思う。
これも幻覚なのか。土屋が言うところの異空間なのか。
「もういいかい」
ふいに女子社員にそう問いかけられる。
「え」
涼一は上体を起こして、女子社員の顔を見た。
「もういいかい」
涼一は目を見開いた。
彼女の声のようだが、彼女は口を開けていない。
どこかべつのところからの声だろうか。
だれかの声に似せて問いかけることもあるのか。鳥肌が立つ。
横目であたりを見回す。
「もういいかい」
「まただよ、ふざけんなよ……」
つい顔をしかめてそう呟く。
とたんに青黒い腕がシュッと国道のほうに引いて消えた。
展開のわけの分からなさに、立ちすくんでぼうぜんとする。
何がしたいんだ。
「いいですよ、気にしてないです」
目の前で女子社員が両手を振って苦笑いしている。
「大丈夫ですよ、あの、おつかれさまです」
そう言い、セミロングの髪を耳にかけながら会釈をする。そそくさときびすを返して玄関口のほうに去って行った。
「すみません……」
女子社員の背中に向けて、もういちど謝罪する。
玄関口の自動ドアが閉まったあと、涼一はため息をついた。
やべえ。日常生活に支障きたしてねえかこれ。
相手会社の駐車場。
社用車のなかで運転席のシートに身体をあずけ、涼一はもういちどため息をついた。
こうなったら、一日もはやく解決するしかない。
「つって、手掛かりわけ分からんしな……」
涼一はとりあえずスマホで「かくれんぼ」と検索してみた。
「鬼が目をふさいでいるあいだにほかの参加者がかくれて、鬼がかくれた人をさがす遊びです」。
そうAIの答えが表示される。
「AIさん、もうひと声」
涼一はつづきの説明を表示させた。
「かくれんぼには、遊び心をやしなう、社会性をやしなう、考える力をはぐくむ、情緒をやしなう、 忍耐力をそだてるなどの効果があります」。
「……やかましいわ」
涼一はスマホに向かって毒づいた。
いまさら神仏や鬼に遊び心をやしなってもらってどうするのか。
「かくれんぼ、鬼、炭鉱っぽいとこ、昭和のラーメン屋、もういいかい……」
指を折りながら、手掛かりになりそうなものを挙げていく。
「まあだだよ」
子供の声でそう聞こえた気がする。
涼一は、運転席のサイドウィンドウから外を見た。




