株式会社わた၈はら 社員食堂廊下
「かくれんぼ、かくれんぼしてた子供ら、鬼、昭和中期ごろのラーメン屋、炭鉱、変質者っぽい亡霊……」
社員食堂の手前の廊下、自販機とベンチがならぶ少し広くなったエリア。
昼前後には混むが、昼すぎて午後三時近いいまの時間帯はあまり人は通らずかなり静かだ。
営業先からもどりたまたま鉢合わせした涼一と土屋は、とりあえずベンチにならんで座り、先日遭った怪現象について頭をひねってみた。
「何があったとこなんだろうな。行員さんことお不動さんは、やっぱあそこに関係してるから出てんだろ?」
土屋がスマホを取りだし一、二度タップする。
「ほれ」
缶コーラを飲みながらこちらにスマホ画面を見せる。飲み口をくわえながら言ったので「これ」が「ほれ」になったらしい。
涼一は首を少しかたむけて画面を見た。
マップが表示されている。
「ひゃんのマッふ」
「何のマップ」と言ったつもりだが、おなじく缶コーラを口にしながらなので発音がおかしくなる。
「かひゃみ谷くんが足止め食ってひゃとこまでの、ひーPSのマップタイムひゃイン」
「んなもんあっひゃの。おまえ有能」
飲みものを自販機に買いに来た女子社員数人が、ぎょっとした顔でこちらを見る。
全員が無言で飲みものを買ったあと、そそくさと階段のほうに去った。
しばらくして階段のほうから「よくあれで通じるー」「仲いいー」と笑い声が聞こえた。
「おまえのせいで笑いもんになったじゃねえか」
涼一は缶コーラの残りを飲み干した。
「飲みながら言ってるからでしょ、鏡谷くん」
土屋が二本指でマップの一部をピンチアウトする。
「マップタイムラインってよく使うの? おまえ」
「いや、はじめて」
土屋が軽く眉をよせる。
「まさか市内の何べんも行き慣れた営業先行って迷うとか考えないでしょ」
「悪かったな」
涼一は顔をしかめた。
「対応してた山田さんは “付近に子供いて、その子の保護者に聞くから大丈夫みたい”って言ってたけど、ちょっと奇妙だからもしかしてって思ってさ」
土屋が缶コーラを飲み干す。
「念のため迎えに行くわって車乗ったとき、使い方ググった」
「……あんがと」
涼一は、自身の大腿の上で頬杖をついた。
「ビッグマックセットね」
「ベーコンレタスバーガーでいいだろ」
涼一は自身のスマホを取りだして時刻を見た。
午後三時四十分。
涼一は駐車場に停めた社用車に乗り、自身のスマホを取りだした。
こんどカーナビに裏切られたら、即座にスマホのマップに切り替えるつもりだ。
すぐに手に取れるよう助手席の座面に置く。
スマホの下には、紙の地図帳がスタンバイしている。
考えてみれば、カーナビは新紙幣の騒ぎのときにもあっさりと亡霊に乗っとられてる。
人工衛星だの相対性理論だの駆使しているわりに現代科学も情けない。
ふと思い立って、もういちどスマホを手にとった。
土屋が示してくれたマップを表示してみる。
あとでよく見ようと思っていたが、まだ少し時間はある。住所くらいは確認しておこうかと思う。
S市M区。そう地名が出た。
マップを少しずつスクロールする。ほんとうに近場だ。
県境に近い地区なので緑は多いが、だいたいはハイキングコース程度のものだ。
あのかくれんぼの子供たちに遭遇した場所のような鬱蒼とした山中はいまはほとんどない。
あの場所からして、むかしの風景の幻覚のなかだったのか。
関係しそうな要素を検索するうち、火の見やぐらブログなるものを見つけた。
世の中にはいろいろなマニアがいるもんだなと感心する。
S市M区にも火の見やぐらが残っているらしい。画像が載っていた。
やはり山中ではなく、郊外の街なかだが。
この地区の炭鉱というのをさがしてみたが、防空壕跡のことしか出てこない。
土屋のスマホで写した木材を組んだ入口は、防空壕跡なのか。
「いや……」
涼一はつぶやいた。
防空壕にレールは敷かないと思う、たぶん。それともトロッコ装備の防空壕なんてあるのか。
ひとまず営業先行くか。
涼一はスマホを助手席に置いた。




