コーヒーショ⺍プ 三
運ばれてきたナポリタンをたいらげたあと、涼一はあらためてスマホ画面を見た。
自分も土屋も無言で黙々と食べるほうなので、二人で食事すると完食してから会話再開になるのだが、きょうは食べているあいだ爽花が一人でしゃべっていた。
「でね、夏休みにプール行ってね、あ、海にも行ったけど。プールのほうが安全ぽいけどめっちゃ混んでてさ。りょんりょんは海とか行った?」
サンドイッチとフルーツサンドを通常速度で頬ばりながら、ようもふつうにしゃべれるなと不思議になる。
「……おまえ海の話してんの? プールの話してんの?」
スマホの画面をピンチアウトしながら涼一は顔をしかめた。
「りょんりょんはお盆前後に有給とって海に何泊かしてたよ。そこで老夫婦の霊に絡まれたんだっけ?」
土屋が代わりに答える。
「え? つっちーさんは? いっしょ?」
「俺は婆ちゃん家に行ったけど。あと鏡谷くんの代わりに、お爺さんの寺だか神社だかに行ってお不動さんにあいさつしてきた」
「寺だ」
涼一は短く答えた。
「つかなに顔出してんの。んなことするからおまえ行員さんに目ぇつけられたんじゃねえの」
「巫女さん姿で出てきてくれるかと思ったらいないのな。俺だけ単独だと来ないんかね」
土屋がオリジナルブレンドのコーヒーを飲む。
「寺だ。巫女さんとかいるか」
涼一は顔をしかめた。
ひきつづき土屋に手渡されたスマホの画面をじっと見る。
炭鉱跡の奥にあるのが、ものではなく大柄な人のようだと気づいた。
「人?」
涼一はつぶやいた。
炭鉱の入口から外をうかがうように画面のほうを見ている。
「生きてる人じゃないな。画面の明度上げてみたら、ところどころ透けてる」
土屋が答える。
よく見ると、目がやたらと大きくギョロリとした印象で気味が悪い。
「ぜーったい変質者の霊だよ。わたし直感した。女のカン」
「おまえ霊感ゼロなんじゃなかったっけ」
涼一はそう返した。
「りょんりょん来る前に、さやりんちゃんとちょっと話してたんだけどさ。かくれんぼ、鬼、昭和中期ごろのラーメン屋、炭鉱、変質者っぽい人の亡霊、これでつながる話って何かなって」
「なに?」
「ぜんぜん分からん」
土屋がコーヒーを飲む。
「使えねえな」
「それで、鏡谷くんのことだからまた後出し情報とかないよねって結論になってさ」
「ない」
涼一は即答した。
「ほんとに? ほんとにあとない? なんか手掛かりっぽいこと」
爽花がテーブルに身を乗りだす。
「ない。山中で道に迷って車で同じところぐるぐる回らされて――」
「俺が電話代わったとき、子供がいたから保護者に道聞くって言ってるって聞いたんだけど」
土屋が記憶をたどるように横を見る。
「あ」
涼一は宙を見上げた。
「だから、あとは大丈夫じゃねって感じになったんだよね。近隣の住民の人?」
土屋が問う。
「あ――ああ」
涼一はつい間の抜けた声を上げた。
「あーそういや、あのあと車んなかに何人か子供の霊現れて、ドタバタされたんで怒鳴りつけてやったんだったわ」
涼一はコーヒーカップを手に言った。
「そうだった。保護者はいなかった。――んで、その子供らが鬼が来るから逃げろだの何だの言って、林のほうに足音がザザザーッ去ってって」
土屋が興味深げな顔でこちらの顔を見る。
爽花が、テーブルに身を乗りだした格好で目を丸くした。
「そういや、あんときは子供の声でもういいかいって……」
土屋と爽花がソソッと顔をよりそわせ、内緒話をするように口の横に手を当てる。
「お聞きになりまして? さやりん奥さま。ないない言ってて、さっそく出てきやがりましたわ」
「土屋の奥さま。何人もの霊に遭遇して、怒鳴りつけて忘れるとか神経が太すぎですわ」
「鏡谷さんの場合、新紙幣のときに覚醒したオカルトスキルがトンチンカンな方向に急成長したんだと思いますの」
「……何なの、おまえら。マジおまえら二人でやれよ」
涼一は顔をしかめた。
「……そんな出来事あったのに行員さんのタイトスカートのほうが印象に残ってるって鏡谷くん、逆に尊敬するわ」
土屋がコーヒーを口にする。
「三大欲求に霊現象ごときが勝てるか」
「ねねね、そういうの土屋さんは平気なの?」
「平気っつか、何で?」
土屋が尋ねる。
「んじゃキーワードとおぼしきものは、かくれんぼ、かくれんぼしてた子供ら、鬼、昭和中期ごろのラーメン屋、炭鉱、変質者っぽい人の亡霊、こんなとこ?」
テーブルにコーヒーカップをコトンと置き土屋がそう続ける。
「かくれんぼがいちばんの鍵か? 行員さんがこだわってたとこみると」
涼一はカップを手に持ち宙を見上げた。




