コーヒーショップ 二
「どんなん?」
涼一は問うた。
コーヒーショップの店員が注文を聞きにくる。
「アメリカン。砂糖なし、ミルク。あとナポリタン。コーヒーといっしょでいいです」
ほとんど暗記したセリフのように涼一はスラスラと告げた。
選ぶ時間も惜しいときがあるので、メニューはいつもだいたい何通りかに決まっている。
「あ、俺らの注文、持ってきていいですよ」
土屋が店員にそう言いながら、手にしていたスマホを操作して画像を表示させる。
店員が立ち去ったあと、横にしてこちらに見せた。
暗い画面に、朽ちた材木のようなものが映っている。
すこしひらけた土地に、長いあいだ放置された小さな木造建築の跡のようなもの。
柱と思われる太い木材は、端のほうが腐ってボロボロのようだ。むき出しの崩れた断面を星のない夜空に向けている。
涼一は眉をひそめた。
「店外? ラーメン屋入るまえ?」
「撮影しはじめたのは店に入ってからだよ」
土屋が答える。
「明かりはどこ行った。ふつうについてたよな? 終盤は一部消されてちょっと暗くなったけど」
「でしょ。んでこれ」
土屋が画像の一角を二本指でピンチアウトする。
朽ちた材木のそばに、白っぽい細長いものが二本あるのが分かる。
「なに。べつの木材? 骨?」
涼一は顔を近づけてピンチアウトされた部分を見た。
二体のコケシのようだ。
ガタガタッと涼一はイスごと後ずさった。
あのラーメン屋にいたときのように、イスの脚が床とこすれてキュキュッと音を立てる。
「なに怖っ」
「鏡谷くん、骨よりコケシのほうが怖いってどういうわけ」
「骨はいちおう予想してた」
涼一はイスの位置をもどした。
「コケシとか日本人形って、怪奇スポットに出られると予想以上に怖いな……」
「こんなんまだまだだよねえ。わたしさっきのやつのほうが怖かったけど」
爽花が口をはさむ。
「さやりん、キモッて悲鳴あげてたもんね」
「……おまえら。さやりん、つっちーって馴れ合ってるんならそっちで勝手にやれ。俺はこの話は抜けさせろ。怖すぎるわ」
土屋がスマホの画面をスクロールする。
二人とも脱退は認めないつもりらしい。発言を無視された模様だ。
「無視すんな」
涼一は眉根をよせた。
「お不動さんご指名の案件なのに、お不動さんのお使いさんが外れてどうすんの。どうせ解決しなきゃ延々鬼とかくれんぼなんじゃないの、たぶん」
土屋がそう言う。
「鬼にもういいかい言われながら営業回りしたいか、鏡谷くん」
「う」
すっげぇイヤだ。
「これ」
土屋がスマホの画面を横にして見せる。ややしてからこちらに手渡した。
真っ暗な画面なので、何が映っているのか判別しづらい。しばらくじっと見る。
山中の奥深くの様子に見える。
建造物が放置されて崩壊したさまに見えるが、木製の柱を四角く組んだものと、下にある錆びたレールのようなもの。
ラーメン屋の建物の跡というより、炭鉱か何かの入口に見える。
「ラーメン屋跡……じゃないよな。炭鉱?」
涼一は眉をひそめた。
「炭鉱か。あ、そか。なる」
土屋がうなずく。
「炭鉱だ、さやりん。そういやフラガールが踊る映画でこういうの観た気がする」
「土屋さん、炭鉱の映画とか観るの? 二人で観に行くなら恋愛ものとかだと思ってたあ」
爽花がやや上ずった声で言う。
「おとな同士のお付き合いって、やっぱ違うんだあ。なんか落ちついてるっていうか」
何で二人で行く前提なんだ。
土屋に彼女とかがいる前提か。あいかわらず意味分からん計算するよなこいつと涼一は思う。
「そっか、それ炭鉱入口か。――その奥、拡大してよっく見てみ」
土屋が言う。
涼一は言われたとおり二本指を広げて拡大した。
炭鉱入口のようなものの奥に、うっすらと何かがあるのが見える。
「何あんのこれ? 炭鉱で使ってた道具とか?」
「どんどん拡大してみよっか」
土屋がもったいぶった言い方で涼一が持ったスマホの画面を指さした。
「だいたい、ラーメン屋の店内映して何で炭鉱が出てくんの。ラーメン屋跡ならまだともかく」
「それな」
土屋が答える。
「このかくれんぼに何か関わってると思ってみるしかないんじゃねえの。とりあえず」
コーヒーが三つ運ばれてくる。
「あ、俺、砂糖なしミルク入りオリジナルブレンド」
土屋が手を挙げる。
「俺、アメリカンのほうです」
涼一はスマホ画面を見ながら手を挙げた。
「キャラメルカプチーノ、わたしでっす」
爽花が明るく手を挙げる。
「何だその聞いただけでゲロ甘な飲みもの」
涼一は顔をしかめた。
「りょんりょんって、デート中いっつもこんなこと言ってるの? 土屋さん」
爽花が問う。
「鏡谷のデート見たことないから知らないんだけど」
さすがの土屋も不可解そうな口調で返した。




