コーヒーショップ 一
昼すこし前。
涼一は、ショッピングモールの駐車場に停めた社用車のハンドルに手をかけて、ふぅと息を吐いた。
きのう行き損ねた営業先をお詫びがてら訪ね、話を終えて社用車に乗りこんだところだ。
先輩にあたる田中さんが代理で行ってくれたので支障らしい支障はさいわいなかったが、行くまえの気疲れがいまになってドッと来た。
着信音が鳴る。助手席に置いたスマホを手に取った。
土屋からだ。
通話状態にしてスマホを耳にあてる。
「はい、鏡谷」
「──やほおおおおお、りょんりょん元気ぃ? 土屋さんとあいかわらずラブラブみたいでよかったー」
とうとつに通話口からキャピキャピ声が聞こえる。
涼一は顔をしかめてスマホの画面を見つめた。
新紙幣の騒ぎのさいに絡んで来やがった女子高生の声に聞こえるが。
何だっけ名前。爽花だっけ。
「ねねね、わたしの制服姿の画像見てくれた? 土屋さんほどのラブは感じないかもしんないけどさー。でもセーラーっていまけっこう貴重じゃん? りょんりょん、キュンキューンって──」
「……土屋出せ」
状況がつかめんが、とりあえずもういちどスマホを耳に当ててそう要求する。
「──やっぱ土屋さんの声が聞きたいってさー」
通話口の向こうで爽花がそう言う。
何かあったのかと思ったが、奴が自らスマホ渡してたか。
「──お電話代わりました。何かいま、駅で会ってさ」
土屋が平然と言う。
「修学旅行とかか?」
「親戚の三十三回忌だってさ」
微妙なもんに出席するんだなと涼一は思った。それで学校は公休取れるんだろうか。
「これから近くのコーヒーショップで食事すんだけど来ない?」
涼一は無言で顔をしかめた。
ハンドルわきに差し込んだキーを一段階だけ回す。
デジタル時計が表示される。もうすぐ十二時。
「そこのキャピキャピ抜きならいいけど」
「──なら鏡谷くん誘うわけないでしょ」
土屋がそう返す。
ごもっともだと思う。
きのうのラーメン屋みたいな状況ならともかく、わざわざ待ち合わせていっしょに食べるとかかったるいことをしたことはあまりない。
「……そこのキャピキャピはコーヒーショップの軽食くらいでいいって言ってるわけ?」
「──ダイエット中だから、そんなに食べないんだってさ」
土屋がアハハと軽く笑う。
二、三日分のギョーザ作りおきしてやったにも関わらず、飢え死にするだのなんのと騒いでたやつがダイエットとかできんのか。
「──ぶっちゃけ二人だけで食べてたら、ちょっと怪しいじゃん。見た目が未成年淫行スレスレ」
んじゃ声かけてねえで無視しろよと涼一は内心で詰った。
「それと昨日のかくれんぼについて、ちょっと話してみた。情報収集してくれるってさ」
土屋が言う。
涼一は、フロントガラスの外の景色をながめた。
なるほど。
一日中営業回りのこちらにくらべたら、爽花のほうが学校に復帰したいまでも時間の余裕はあるご身分か。
「分かった。混むまえにコーヒーショップに決めるか」
そうと告げる。
「来るってさ」
土屋が横を向いてそう言う。爽花に告げているのか。
昼まえなのであまり駐車場に人はいないが、あと少しすれば一斉にあちこち混みはじめるだろうなと思う。
「いま駅だからさ──俺、西口に車停めてんだけど」
「コーヒーショップ合流でいい。待ち合わせとか面倒くせえし。さきに行って席取っとけ」
涼一はそう伝えた。
駅前のコーヒーショップ。
涼一が店内に到着すると、奥の席で土屋と向かい合って座っていた爽花が手をふった。
以前に会ったときのお団子頭ではなく、きょうはポニーテールだ。
「りょんりょん、久しぶりぃ。ますますイケメンなのにモテなさそうな感じになったねっ」
爽花がはしゃいで声を上げる。
「JKの好みとかどうでもいいわ」
涼一は爽花のななめ向かいの席に座った。
爽花がテーブルに身を乗りだす。
「なんで女の人が寄りつかなそうな不機嫌な顔するのぉ? もったいないよお?」
「不機嫌なんだ」
涼一は短く答えた。
「もしかして土屋さんのために他の人が寄りつかないようにしてるとか?」
爽花が急にニヤニヤ顔になり声を上ずらせる。
「何で俺のため」
土屋がスマホを取りだした。
「りょんりょんくん、きのうのラーメン屋で撮った動画なんて確認した?」
土屋が問う。
「してない。忘れてた。その呼び方やめろ」
「りょんりょんも撮ってたの? 土屋さん」
爽花が尋ねる。
「俺が静止画で、鏡谷が動画」
土屋が自身と涼一を交互に指す。
「ちょっと見てみ? 静止画のほうはさっき二人で鳥肌立てた」




