病院まɀ 一
診察を終えたのは七時近く。外はさすがに暗くなっていた。
病院内では、あちらこちらの箇所で看護師が清掃をはじめている。
床に消毒液が流され、歩くところに困りながら涼一は玄関に向かった。
クレゾール臭が行く先々でただよう。
一部の棟の電気はすでに落とされ、早く帰ってくださいと言わんばかりだ。
涼一は下駄箱の革靴を履き、そそくさと玄関口から出た。
今日のところはどうしようか。いまから泊まれるところを探すか、それとも新幹線の時刻表をググるか。
事情はある程度なら知っているのだ、一晩くらい入院という形で泊めてもらうことはできないだろうかとわりと本気で考えたが、いちおう異状はなかったので言いにくい。
保険証がないので、とりあえず医療費は全額負担になってしまった。
保険証を持ってくれば返金されるそうだが、地元から車で一時間半はかかる地域だ。できればだれかに頼んで持ってきてもらうという方法を選択したかった。
ネットカフェでもあればいいが。
何なら朝まで営業しているファーストフード店か、コンビニ。
それ以前に、この付近に駅かバス停はあるのか。
涼一は周囲を見回した。
バス停も見当たらないが、まさかタクシーまで来ないところではあるまい。
タクシーを呼んでいちばん近い駅まで行くという感じか。
スーツのポケットから、スマホをとりだす。
スマホと財布を持っていたのは幸いだった。なかったらいろいろ詰む。
スマホの画面を見て、ふとさきほどの受付の女性たちの騒ぎを思い出した。
お札の顔が笑っているように見えた。
ホログラムの肖像が、笑ってるものがあるとかうしろ向きになっているものがあるとか、二人に増えているものがあるとかSNSでウワサになっているらしい。
涼一もそのウワサは何日もまえからネットで目にしていた。
ただのウワサだと思ってざっくりとながめていた程度だったが、新紙幣のホログラム部分の頭がないように見えたところからおかしなことが立てつづけに起きている。
関連はあるのか。
自身とおなじように、CTとMRIに紙幣のホログラム肖像が写った人がいると医師が話していた。
その人か、もしくはおなじ状況に遭っている人がネットのどこかに書きこみしてないだろうか。
涼一はとりあえず検索してみた。
「あのっ」
「あのっ」
唐突にかたわらから甲高い声がする。
涼一は声の主をさがして横を向いた。
中学か高校生くらいの小柄な少女が二人、こちらを見上げている。
薄手のパーカーにハーフパンツ、スニーカー。
お団子に結った髪の横にわざと垂らした髪が、幼さののこる頬にかかる。
ごていねいに服装までまったく同じだ。
ソックリだが、双子だろうか。
一瞬、渋沢 栄一の顔に見えた気がしたが、すぐに丸顔のかわいらしい顔が目に映る。
アイドルグループでいえば、センターの横あたりにいそうな子。
「え……あれ」
「渋沢 栄一じゃなくて、女の子のかわいい顔に見えますか?」
少女が問う。
「……かわいいっつうか、女の子に見えるけど」
検索する指を動かしつつ涼一は答えた。
「お兄さん、女の子に気遣いないな。モテないでしょ」
「お兄さん、女の子に気遣いないな。モテないでしょ」
少女が二人そろって生意気そうに目を吊り上げる。
もう暗くなってるのに。こんな里山の近くでパパ活とかいうやつだろうか。
こちらの顔も他人から見たら渋沢 栄一に見えるらしいので、パパっぽそうな年齢だとでも思ったのか。
「ごめん、いそがしいから。この辺の人じゃないし」
「うん、だろうと思った」
「うん、だろうと思った」
少女が二人そろってピースする。
「造幣局から救急車で運ばれた人いるって、友だちがラインくれてさ」
「造幣局から救急車で運ばれた人いるって、友だちがラインくれてさ」
二人そろってそう話す。
「……片方の子だけ代表でしゃべってもらうことできない?」
涼一は眉をよせた。
「できないっぽいんだよね」
「できないっぽいんだよね」
少女が二人そろってそう返す。
「……あそ」
涼一は、そう短く答えて顔をしかめた。
ふいに少女の姿が一人になる。
「あれ?」
もう一人はどこに行ったんだ。唐突に消えた。
「やっぱ一人に見える? やりぃ!」
少女が拳をつくって声を上げる。
こんどはずっと一人だ。
何だこりゃ。
涼一はスマホを持ったまま固まった。目を見開いて少女の姿を見つめた。