株式会社わた၈はら 社員駐車場 一
「え、待て」
涼一は土屋を呼び止めた。
異変に気づいたのか、土屋もあたりを見回す。すぐに走る速度を落として立ち止まった。
煌々とあたりを照らす二本ほどのLED街路灯。
駐車場をぐるりと囲む緑色のガードフェンス。
その一角に、自身が勤める会社の社員用駐車場であることをしめす看板が見える。
「ゴール? ……まさか新たな異空間じゃないでしょ?」
土屋が、頭を掻きながらガードフェンスの向こうの県道とそこを通る車をながめる。
「かくれんぼなのか双六なのかハッキリしろ……」
涼一は顔をしかめた。この様子を見ているのかどうか知らないが、不動明王に向けてボヤく。
ふいに土屋が足元に何かをみつけて拾った。
千円札のようだ。
「さっき払ったやつか?」
「だな」
土屋がスーツの内ポケットからサイフを取りだす。
乗っていた社用車は、二台ともきちんと区画線にそって停められていた。
狐につままれた気分だ。
「うわっ、札ぜんぶ昭和のやつになってる!」
土屋がサイフを開いて声を上げる。
「ウソまじ?」
「冗談」
そうと続けて、五百円玉をこちらに差しだした。
「おっまえ……」
「害がなかったとこみると行員さんのしわざなのかな……。んでも前回は夢でお告げだったんだよな。ちょっと方式が違うっていうか」
土屋がそう呟きながらサイフに千円札を入れた。
「害はあったぞ。社用車の車体、山中で鬼にガリガリ噛じられて」
ここまでの流れで忘れていた。
涼一は自身が運転していた社用車に駆けよった。
巨大な鬼に噛じられてボンネットやバンパー周辺に噛みキズがついたはずだ。
修理費請求されるだろうかと思うとクラクラくる。鬼に請求というのは果たしてできるのか。
涼一はボンネットに伏せるようにして車体のキズを確認した。
ない。
続けて、しゃがんでバンパーや車体の下部を点検する。
「……ないな」
涼一はつぶやいた。
「おい、懐中電灯もってる?」
大声で土屋にそう問うと、土屋は黙って自身が乗ってきた社用車のドアを開けて中をさぐった。
こちらに歩みより、懐中電灯を渡す。
「おっまえ、用意いいな」
涼一は車体の下部を照らした。
「このまえの新紙幣の件のときに途中で買ったやつでしょ。鏡谷くん何も言及しないから二人分保管してたんだけど」
「ああ……」
涼一は懐中電灯で照らされた車体の下部を見回しつつそう返した。
「ことが済んだら、懐中電灯とかどうでもよかった」
「こういうことまたあるかもしれんしさ。念のため軽いアウトドアグッズっていうか避難グッズみたいなの常備しといたほうがいいんでねえの?」
土屋が横にしゃがむ。
「なにお使いさんやる前提で言ってんの。いくらタイトスカートでも二度とパシリなんかやんねえわ」
涼一は車体の下部の奥のほうを照らした。
噛みキズは一つもない。
「あのガジガジ噛じられたのも幻覚か?」
涼一はゆっくりと立ち上がった。修理費で揉める可能性がなくなったのはホッとしたが。
懐中電灯の明かりを消す。
「ども」
遅れて立ち上がった土屋に懐中電灯を差しだす。
「だからそれ、鏡谷くんのだって」
土屋がこちらに向けて顎をしゃくる。
「ああ……」
涼一はもういちど懐中電灯をまじまじと見た。
「まあ、持っとくか。あれば便利だし」
助手席側のドアを開け、グローブボックスに放りこむ。
徒歩で二、三分ほどさきにある社屋のほうを見ると、すでに明かりの大半が落とされている。
「何時だ……? 五時半すぎてんの?」
涼一はスーツのポケットからスマホを取りだし表示されたアナログ時計を見た。
「田中さん帰ったかな……」
代わりに得意先に行ってくれたと聞いた同僚の心配をしてみる。以前の担当なので話が噛み合わんことはないと思うが。
涼一はスマホの電話帳を表示した。
いちおう営業先にはかけてお詫びしとかなきゃならんが、あっちも社員帰ってそうだなと思う。
「あー俺も、もう一件の営業先行くわ」
土屋がスマホを耳にあてて言う。
そっちは担当さん、まだ社内にいたか。
「んじゃ、鏡谷くん」
「おう。来てくれてありがと」
土屋が社用車に乗りこむ。ややしてエンジンをかけて車を発進させた。
どうでもいいが腹減らんなと涼一は思った。
異空間ラーメンって、ちゃんと腹にたまってるのか。
じっさい何を食わされたんだ。
涼一は車の少なくなった駐車場を見回した。




