宵闇၈⋝ー〆ン屋 一
すっかり暗くなった山中を、土屋の乗った社用車に誘導されて走る。
土屋が近場だったと言ったのですぐに街の明かりの見える箇所に出るのかと思ったが、行けども行けども真っ暗い山の中だ。
涼一はだんだんと不安になりながら周囲の景色を見た。
さきほどまでとは違い、道路が多少整備されてはいるようだが、アスファルトではなくきれいに均した砂利道という感じだ。
いまどき、けっこうな山奥でもアスファルトで舗装されているものだと思っていたが、そうでもないのか。
前方を走る土屋の運転する車をじっと見つめる。
もしここまでの道のどこかで、悪霊か何かを乗せた車と入れ替わっていたとしたら。
いや最初から。山中の自身のもとにたどり着いたのが、何かが化けた土屋だったとしたら。
街なかの建物があるところとは違うのだ。鬱蒼とした木々とツル植物と草むらで覆われた山中だ。
火の見やぐらという手がかりとGPSくらいで、あそこまでピンポイントでたどり着けるものなのか。
まさか、変な霊とかに誘導されてないよな。
涼一は鳥肌が立つのを感じた。
ハンドルを握りながら、助手席のシートを手さぐりでさぐる。
シートの上に置いたスマホを手に取って首と肩ではさんだ。
「……もしもし」
イヤホン付けてたらよかったなと思ったが、こんな事態を想定できるわけがない。
街なかの公道でやってたら即座に警察官に停められそうな行為だが、こんな真っ暗な山中で待ち伏せてる警官はさすがにいないだろう。たぶん。
「──なに」
ややしてから、少し語気を強めた土屋の声が返ってくる。
「土屋だよな」
「──そだけど」
通話口の向こうから、ラジオのものらしき声が聞こえる。
アナウンサーの声がずいぶんと力のこもった堅苦しいしゃべりかたという印象だが、ラジオの電波は届くところなのかと少しホッした。
「いや……わりと近場って言ってたから。言葉の通り取ってたんだけど」
「──ああ、うん」
土屋がそう答える。
少々上の空な口調に聞こえるのは、運転中だからだと思いたい。
「ラジオとか聞くの? 俺あんま聞かんけど」
「──ああ、いまつけてみた」
天気でも確認したかったのか、それとも時報。
たしかに運転しながらスマホ見れないしなと涼一はあいかわらず真っ暗な山中をながめた。
道のずっとさき。
淡いクリーム色の明かりがポツンと見える。
やっと街なかに近くなったかと涼一は頬の緊張をといた。
うす暗い街灯が、小さな古びた一軒屋を暗闇に浮び上がらせる。
道に面した部分がガラスの引き戸になっているようだと気づいた。
民家ではなく何かの店か。
「──鏡谷くん、あそこでいったんラーメン食って休憩しねえ?」
土屋がそう提案する。
ラーメン屋なのか。
涼一は前方の一軒屋を見た。近づくと道沿いに大きな看板が立てかけてある。
赤いペンキで、雑に「ラーメン」と手書きされていた。
古くからの個人経営のラーメン屋か。べつに拘らんけど。
「いいけど」
涼一はそう答えた。
メシ食って休憩とか人外っぽい提案ではないと思える。やっぱ前方の車は土屋か。
土屋の運転する社用車が、店のまえで停車する。
涼一もその横につけて停車した。
「もういいかい」
車のドアを開けたとたん、ガラガラ声でそう聞こえた気がする。
涼一は暗い上空を見上げた。
曇っているのか、星は見えない。
「なに?」
サイフの中身を確認していた土屋が同じ方向を見る。
聞こえてなかったのか。
「いや……」
涼一はそう答えた。
「説明めんどくせえから、ふもとに着いたらまとめて話すわ」




