逢魔が時၈山中 三
クラクションの音がする。
涼一は、夢うつつでイラッと眉をよせた。
またあのクソガキどもの怪現象か。
このさい幽霊でも神仏でも、社用車壊しやがったら保護者にきっちり修理費請求してやる。
「……生きてる人間がいちばん怖いんだからな、覚えとけ」
そう口にした自分の声で、うっすらと目が覚める。
なぜかごていねいにシートを倒して寝てたらしい。
コンコン、とサイドウインドウを叩く音がした。
「鏡谷」
涼一は、サイドウインドウのほうを見た。
自身とおなじ程度の背格好の人影が見えるが、すっかり暗くなり街灯もない場所のため、知っている人物かどうか特定できない。
よく知っている声だとは思うが、念のため言ってみる。
「……まあだだよ」
「なに寝ぼけてんの、起きろ。起きてОコーポレーションの営業行け。あっちの担当さんが電話よこしたから、代わりに田中さん行ったわ」
サイドウインドウがコンコンコンコンコンコンとしつこく叩かれる。
ああ、そうか。
涼一はハンドルわきに差したままのキーを一段階だけ回した。車内のデジタル時計を表示させる。
Оコーポレーションとの約束の時間過ぎてる。田中さんとあっちの担当さんすまん。
ところで、サイドウインドウの向こうから聞こえる声は土屋のものに聞こえるが、ほんものか。
涼一は手を伸ばしてサイドウインドウを二、三センチだけ開けた。
「ホンモノ土屋か?」
「なに言ってんの。今さら新紙幣のホログラムに乗っとられたってか?」
土屋がウインドウの開いた隙間に指を引っかけて無理やりのぞきこむ。
この答えはほんものっぽいが。
「……山」
「山はここでしょ」
土屋が答える。しばらくしてから、「川?」と付け足した。
「第一問。俺の誕生日は」
「忘れた」
土屋が即答する。
「第二問、俺の趣味は」
「知らん」
「第三問、俺の元カノの名前は」
「聞いたことあったっけ?」
土屋が怪訝そうな声色で言う。
「ほんものの土屋かどうか、判断しかねるわー」
涼一は目の上に腕を乗せた。シートにドサッと横たわる。
「何したいのかさっぱり分からんけど、いまのでほんとに本物なのか確かめる気ある? 知らんことばっかじゃん」
土屋がそう返す。
「つか、平気ならこれから誘導するけど」
土屋がそう言いうしろを見る。
ふり向いてバックドアガラスを見ると、うしろに停められた乗用車らしきものの影に気づいた。
「ようここにたどり着けたな」
「わりと近場だったよ。火の見やぐらが見える山中っての手がかりにして、あとスマホのGPS」
土屋が前方の草むらのあたりをながめる。
「俺が持ってきた社用車、まえに出してUターンできるかな」
「二十メートルくらいのとこ、Uターンできそうなところがある。さっき明るいときに確かめた」
涼一は暗くなった草むらを指さした。
「草の上強引にザカザカって行きゃ、まえに出せるんじゃね?」
「山中はUターンできるとこ知らなきゃマジ詰むからなあ」
土屋が、ふぅと息をつきながら自身が持ってきた社用車のほうに向かう。
まあ、そんなところを来てくれたのはありがたい奴だなと思う。
あとでマックの何のセット奢らせられるか知らんが。
「ああ、あと」
土屋がスーツのポケットからスマホを取りだす。
「途中で何かあるかもしれんから、山から脱出するまで通話つなげとこ」
そう言いスマホを親指でタップする。
こちらのスマホの着信音が鳴った。
涼一は通話の状態にして、うしろの社用車に向かう土屋と会話を続けた。
「途中で何かあるもんか?」
「──行員さんが来てたなら、ただ迷ったんじゃない可能性あるでしょ。この山中に何かあるのかもしれんし」
土屋が言う。
さきほど遭遇した、鬼なのか巨大な不動明王なのか分からん存在を涼一は思い浮かべた。
あれを何とかしろと言いたいんだろうか。
「パシリは今回お断りって伝えたんだけど、俺」
「──そんな人間ごときの都合、神仏さんが考慮するわけないじゃん」
土屋がそう答えてうしろの社用車のドアを開ける。
「──俺がここにすんなり着けたのも、また “お使い” のサポートしろって案内されたのかもしれんし」
げー、と涼一は顔をしかめた。
「勝手だな。時給くらい払えってんだ」
「──報酬として、死後に極楽浄土の優先券でももらえんじゃねえの? 知らんけど」
うしろの社用車のエンジンがかけられる。
ライトがこちらの車の車内を照らした。




