病院 診察室 二
CTもMRIも、なぜかなんどもなんども撮り直しをさせられた。
ようやく開放されたときには、一時間以上経っていただろうか。
待合室に戻ったとき、室内に掛けられた大きなアナログ時計は六時をだいぶ過ぎていた。
夏なのでまだまだ明るいが、きょう泊まる場所を考えたほうがいいだろうかと考えはじめる。
同僚の土屋は、あのあと会社に帰っただろうか。
CT撮影にこんなに時間を食うとは思わなかった。撮影まえにさっさと土屋のスマホにかけておくんだったと後悔する。
保険証をとどける用事もたのまれてくれるとしたら、いまからこちらに向かったら確実に遅い時間帯になる。
安全運転の観点からも、来てもらうのはあしたにしたほうがいいか。
自身のニセモノはその後どうなったのか。
いまだニセモノだとバレていないのだとしたら、ほんとうに気味が悪い。
「鏡谷さん」
受付の女性が待合室に呼びに来る。
「CTとMRIの画像について先生からお話がありますので、こちらに」
女性が廊下の先へとうながす。
「あ、はい」
涼一は待合室のソファから立ち上がった。
ずいぶんと時間がかかっていたが、何か深刻な病巣でも見つかったのだろうか。
案内する女性の表情から予測しようとするが、よく分からない。
涼一はいやな緊張を覚えながらついて行った。
外来の患者用と思われるせまい診察室。
壁に貼られた学習雑誌にあるような骨格や筋肉の解説図がかすかに陽に焼けて黄ばんでいる。
子供の数が多かった時代から貼ってあるのか。そこからもむかしからの地域の病院なのだと分かる。
涼一が案内されて入室すると、さきほどの年配の医師が非常に険しい顔で待ちかまえていた。
涼一のほうをチラリと見上げて、眉間にしわをよせる。
何が見つかったのか。
よほど深刻な病気なんだろうか。
涼一は不安でめまいを覚えそうになりながらも医師のほうへと歩みよった。
「……座って」
医師が椅子をすすめる。
涼一は背もたれのない椅子に座った。
「なんべんも撮り直しして大変だったね」
医師が言う。
「ええ……つかあの、撮り直しした分は検査費用は」
「……一回分で計上するから大丈夫」
医師が答える。
ああよかったと涼一は息を吐いた。
保険はたぶん利くだろうが、何回も検査を受けたような金額になっていたら理不尽だ。
「いちおういまからCTの画像とMRIの画像を出すね。撮れたものそのまま出すから」
医師がそう言った。
「……はい」
何だろうこの念の押し方はと思う。
よほどめずらしい病気とか。
医師が机の上のディスプレイをこちらに向ける。
涼一は緊張してそちらを見た。
頭部を輪切りにして上から見た形の画像。二つに割れた脳、上のほうにまるい目玉が二つならぶ。
そこまでは、ドラマやネットなどでも見たことがある通常のCT画像だ。
問題は、その頭部のなかにぎっしりと詰まったいくつもの新紙幣のホログラム肖像のようなものだ。
涼一は眉をよせた。
医師が難しい顔でため息をつく。
「お札が……。何かの画像と重なったんですか……?」
ここまで奇妙なものがくると、逆に冷静になる。涼一は尋ねた。
「新紙幣の画像なんかどこにも保存してないよ。何回撮り直しても同じだった」
医師がもういちどため息をついた。
「MRIで見ると、脳自体に異状は見つからないんだけどね」
医師がMRIと思われる画像に切りかえた。
通常よく見るような脳の画像と、血管のように枝分かれした曲線の画像がならぶ。
「ただ、こっちも紙幣みたいなのは写るのは写る」
医師が何枚かの画像をピックアップした。
CT画像よりはうすいが、やはり新紙幣のホログラムの部分のような影がぎっしりとつまっているように見受けられる。
「えと……どう、したらいいんですかこれ」
涼一は画像を凝視した。
医師が「ううん……」とうなる。
「とりあえず脳自体に異状はないようだから経過観察かな。――ここらへんの人じゃないんだっけ?」
医師が問う。
「K県です」
「んじゃ、そっちで診察受けるさいにこういうのが映ったって話して。そっちのお医者さんがこれ見たがるかどうかは任せるけど」
なんとも頼りない診察だなとは思ったが、さすがにそう言うしかないのか。
CT画像とMRI画像が心霊画像とか、SNSにアップしたろかと思う。
バズるだろうか。
「こっちも機器に故障ないか調べてみるけど、いちお何日かまえにもこういうの写った子がいるんだよね。その子はいまだに健康で異状はなさそうだからまあ……」
涼一は目を見開いた。
ほかにもいたのか。




