一割ɭ ɿただこ੭ੇか೬思いまსح 二
爽花の住む家に一泊させてもらい、一晩明けて早朝。
涼一はあわただしくネクタイを直しながら、土屋とともに玄関の三和土で革靴を履いた。
「二人とも、もっとゆっくりして行けばいいのにぃ」
あきらかに夜着にしていた服にパーカーをはおっただけという感じの爽花が玄関にぱたぱたと追ってくる。
「これから会社なんだよ」
涼一は顔をしかめた。
「高速ぶっとばしてギリだな」
土屋がポケットからスマホをとりだして時刻を見る。
「二人が帰っちゃったら、ご飯つくる人いないいい! 飢え死にするぅぅ!」
爽花がダダをこねる。
「きのうあしたの分までおかず作って、作り方までレクチャーしてやっただろうが!」
「ギョーザの皮とか子供のころぶりに包んだわー」
土屋が玄関のドアを開けて早朝の空を見上げる。
「二人ともここ住んだらいいのにぃ」
爽花が唇を尖らせる。
「伯父さんもさすがに他人に住まれたくないだろ。つかおまえも実家帰んじゃないの?」
涼一は腕にかけた上着を持ちかえて、土屋につづいて外に出た。
「わたしが帰ったら、拓海ちゃん飢え死にしちゃう」
「おまえがいてもほぼ同じじゃね?」
土屋が駐車スペースに置いた車のドアを開け、なかに上着を放りこむ。
こちらに向けて拳をふって、ジャンケンの合図をした。
車に歩みより涼一も拳をふる。
土屋が勝ち、助手席に乗りこんだ。
涼一もおなじように後部座席に上着を放りこみ、運転席に乗る。ノートPCまで持ってきていたが、結局使わなかったなと思った。
「んじゃな」
サイドウィンドウを開け、駐車スペースまで追ってきた爽花にあいさつする。
エンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させた。
空き地の多い生活道路をしばらく走らせていると、前方に小柄な女性がたたずんでいた。
こちらに笑いかけている。
セミロングのストレートヘア、白いブラウス、紺のベストとおなじく紺のタイトスカート。
銀行の行員、霊池さんことお不動さま。
涼一は車を停車させてサイドウィンドウを開けた。
「んなところいると、轢くぞ」
顔を出してそう声をかける。
「元カノ?」
土屋が問う。
「行員さんことお不動さま」
「は? あ゙?」
土屋が目を剥いてこちらの顔を見る。
「なにその仮にも仏さまにその先制パンチ。鏡谷くん?!」
土屋が苦笑いして車から降りる。
「うちの鏡谷が失礼いたしました。このたびはどうも」
社交辞令くさいことを口にしながら、ふかぶかとお辞儀をする。
「このたびは、こちらこそお手数をおかけしまして。あとは安心して帰路におつきください」
行員が、きれいなフォームでお辞儀を返す。
さすが神仏。軽い手続きおわりましたみたいな感じでサラッと言ってくれるなと思いながら、涼一は車から降りた。
「一つだけ、ただの凡人からアドバイスしていいか? つぎに困ったら、えらい坊さんとか志しの高い政治家とかに手伝わせろ。まじこういう人選だいじだぞ」
行員がにっこりと笑いかける。
「頭をひろわせていただいたので」
「ああ……それについては、ありがとう」
涼一は答えた。
そのあと問題の起こってる土地の救急車に無理やりぶっこまれてたんだけどな。
「ひろったので、一割いただこうかと思いまして」
涼一は目を見開いて固まった。
「人界のルールなのでしょう?」
行員が太陽のような笑顔で笑いかける。
「いやそれは……そうだけど。労働で返してもらったみたいな……?」
土屋が苦笑いする。
行員が土屋のほうに向き直った。
「昨年の夏につづいてお会いでき、うれしく思います」
もういちどお辞儀する。
「あ……はあ。俺も」
土屋がとまどう。
「ではお二人とも、お健やかにおすごしください」
行員がふたたびきれいにお辞儀をする。
やがてきびすを返して立ち去った。
涼一は混乱して行員の去っていくうしろ姿を見つめた。
「仏さんに助けてもらうって、あんがい怖いな……」
土屋が苦笑いしながら助手席のドアを開ける。
「つかほんとうにあの理由か? おまえにも目ぇつけてた感じじゃね?」
「あ」
土屋が、行員の去っていった方向を見つめる。
「まあ、何にしろこんな路上で二人そろって気絶しなくてよかった。事件あつかいされかねんわ」
涼一はあらためて運転席に乗りこんだ。
「こっわ」
土屋がそう呟いてシートベルトを締めた。
第逸話 新紙幣怪談 ㇱン ㇱㇸィ ヵィダン
終




