不動明王の祠 六
とたんに握ったままだった倶利伽羅剣に炎がぐるぐると絡まる。
「うわっ!」
涼一はつい手放しそうになったが、不動明王の祠の扉が呼応するようにひとりでにバタンバタンと開け閉めされた。
「さっさと戻せってことじゃね?」
土屋がそちらを指さす。
「分かった。行員さんが今のところのいっぱいいっぱいで炎上させてるうちな」
涼一は祠のほうに走りよった。
「やめなさいよおおお!」
天井までの炎に包まれた千鳥が、涼一の両肩にガシッとしがみつく。
女とは思えない力だった。涼一は力づくでグググッと引き剥がし振り払った。
ハァ、と息をつく。
「おいこれ、代わりにちょっと使ってもいいんだよな、行員さん!」
炎が絡む剣を一、二回振る。千鳥が後ずさった。
土屋が祠のなかをのぞき懐中電灯で照らす。
「鏡谷! お不動さま、剣がないの確認! さっさと持たせろ!」
「了解!」
涼一は祠の入口にグッと手をつき中をのぞき込んだ。土屋がなかを照らした。
小柄なおとな程度の背の高さの不動明王像がある。
そういえば童子の姿だと土屋が言っていたか。
「やめてよおおおおお!」
千鳥がふたたび涼一につかみかかろうとする。
土屋が祠の扉でブロックした。
「鏡谷!」
涼一はすこし高くなっている祠の入口に入り、不動明王像のまえに膝で歩みよった。
不動明王像の右腕をつかむ。
握られた小さな手を見ると、ちょうど倶利伽羅剣がすっぽりと入りそうな空洞になっている。
「あとは任せた、行員さん!」
涼一は、不動明王像の右手に剣をはめた。
視界の横を、まぶしい火の玉がスッとかすめて行く。
不動明王像と重なるようにして、一瞬だけ童顔美人の女性行員が姿をあらわした。
ピースしていたように見えたが。
涼一が顔をしかめる間もなく祠から凄まじい炎が噴きだし、甲冑をまとった巨大な神仏の姿があらわれる。
暗闇にひそんでいた紙幣が一気に炎のあかりのもとに引きずり出され、ホログラムから人魂がいくつも飛びだした。
「やダ。モウイッカイ肉体ホシイべ」
「ナマミの肉体ノットってヌスミコロしヌスミコロしヌスミコロしヌスミコロし」
ブツブツとそう訴えながらコンクリートの天井のほうに消えていく。
ホログラムの部分がうねうねと気味悪くうごめく紙幣が、闇からつぎつぎとあらわれた。
不動明王が剣でなぎはらうと、いっせいに燃え上がり闇に消える。
遠くのほうから慟哭が聞こえた気がしたが、各地で生身の人間に成りすましていた亡霊の断末魔だろうか。
不動明王が、ゆっくりと首を動かし千鳥を見る。
千鳥はキッと睨みつけた。
「地獄に落とすなら落とせばいい。あたしはあの人と夫婦になろうって誓ったんだ。地獄に落ちたって会いに行くん……!」
言い終わらないうちに、千鳥の姿が消えた。
あたりが静まり返り、もとの暗いコンクリートの建造物で囲まれた空間と、扉の閉まった祠、つけっぱなしの懐中電灯が二本転がっていた。
不動明王の姿はない。
「終わった……のか?」
土屋があたりを見回す。
「容赦ねえな……最後」
涼一は目を見開いて、ぼうぜんと祠を見た。
「S市の霊園のサイトの話は、あといいの?」
しゃがんでスマホを両手に持った爽花がそう聞いてくる。
「おっけ。おつかれさま」
土屋がそう言いその場にしゃがんだ。
「さっき通話してたのそれか」
「妨害すごすぎて倶利伽羅剣がもどせなかったら、それで成仏させられんかと思って」
「すげえな。おつかれ」
涼一もハァと息を吐く。
ネクタイを胸ポケットに入れてその場にしゃがんだ。




