不動明王の祠 五
「なるほど」
涼一は笑みを浮かべた。
「そんなステキななれそめが……。いやずっと聞いていたいのはやまやまなんですが」
こちらのとつぜんの態度の変わりように警戒したのか、千鳥がじっと見つめる。
「何せ遠くK県から来ているもので、帰りの時間の関係で――すみませんが、まずお受けとりを」
涼一は営業スマイルを浮かべて倶利伽羅剣を千鳥のほうに差しだした。
とくに返事を待たずに、ゆっくりと千鳥に近づく。
手前まで近づくと、千鳥がわずかに後ずさった。
「そこに置いて。そこ」
千鳥が自分の足元の地面を指さす。
やはり直に触れることはできないか。
涼一は剣を二、三度軽くふり、放り投げるしぐさをした。
つぎの瞬間、剣をふり上げて千鳥の目の前に一気に踏みこむ。
「あんまり女殴るとかしたくないけど――」
千鳥の頭頂部めがけて剣をふり下ろした。
千鳥が触れることができないのなら、ふつうの人間がこれで攻撃してもおそらく多少の効果はあるのだろう。
千鳥の頭部がべコリとへこみ、長い黒髪がバサリと左右に割れる。
青白い影になり飛散した。
「いまのうち……!」
涼一は不動明王の祠のほうを見た。
「染色体はXYだけど自認は女よとでも言っておけ、このさい」
土屋が早口で告げる。
「死んでもやだ」
涼一は顔をゆがめた。
土屋が祠の扉を開ける。
「ひどいじゃないの……殴るなんて」
飛び散った青白い影が、長い髪の毛の塊になり、祠に近づこうとした涼一の両手首にからむ。
「うわっ! 気持ちわるっ!」
涼一は声を上げた。
黒い影になった千鳥が、涼一の足元の地面からズルリと姿をあらわす。
「ムカつく剣をふるったのはこの腕かい?」
涼一の手首にからめた黒髪を自身の手にからめてグググッと引っ張る。
「てて……」
涼一は目をすがめた。
爽花が、目を丸くしてあたりをキョロキョロと見回している。
幻覚から脱したのか。
自身のほそい腕のあちこちを念入りに見たあと、こちらに視線を移した。
「あれっ、りょんりょん、何で腕に海藻なんか巻いてんの?」
ぺたん座りになり問う。
「ねねね、さっきこっわい顔でわたしに斬りかかってなかった?」
爽花が自身を指した。
「それ、このメンヘラ女が見せた幻覚!」
涼一は手首をグイグイとねじり上げられながら声を上げた。
爽花がふたたび目を丸くする。
「めんへらおんな……さん? どこ?」
あたりを見回す。
「見えてないの?」
土屋が尋ねた。
「んん?」
爽花が逆になんのことかと問うように首をかしげる。
霊感はまったくないと言っていたか。
土屋が見えているのは「道」の役割だからなのか、それとももともと多少はあったのか。
「分かった、車戻ってろ」
涼一はそう指示した。
「待ってさやりん、さっき電話したとき言ったやつ調べられた?」
土屋がそう口をはさむ。
「調べたってなに」
涼一は問うた。
そういえばさきほど爽花と通話で話していた。
「調べたよぅ」
爽花がパーカーのポケットからスマホをとりだす。
「――柳屋にいた旅の遊女の千鳥さん、と恋に落ちた材木屋の若旦那」
涼一の手首を締め上げていた髪の毛の動きが止まる。
千鳥の黒く影がかかった顔の、頰だけがピクッと動いた。
「その後の人生とかはあんまり見つけられなかったけど、お墓はS市内の霊園にあるんだってさ」
不動明王の祠の扉がバタンと開く。なかから激しい炎が噴き出した。
涼一の手首をねじりあげていた髪の毛に燃え移り、コンクリートの天井に届くほどに炎上する。
髪の毛は焦げ臭い匂いを立てたが、生きてる人間には熱くないんだなと涼一は気づいた。
爽花の家の玄関でホログラムの亡霊が燃やされたさいも、これであの行員だと気づいた気がする。
激しい炎が地面をたどり、千鳥の着物に燃えうつる。
「ぎゃああああああああああ!」
千鳥が天井を仰いでからだを反らした。それでもほそい脚を着物の裾から出し前に進もうとする。
「仏さんだろうがふざけないで! あたしはあの人に会いにいくの! あたしをずっと待ってんのよおおおおお!」
千鳥が、炎から逃れようと着物を引きずり前進する。
「なにっ、なんかうめき声聞こえなかった?!」
爽花が周囲を見回す。
「いいから調べたこと読み上げて! さやりん」
土屋がそう指示した。
「えっと。もともとお墓は材木屋があったO市のほうだったんだけど、そのあと材木屋がS市に移ったのと区画整理とかで、若旦那の養子の人がお墓もS市に移したって」
爽花がスマホの画面をスクロールする。
「そのあと子孫が疎開しちゃったりして墓地が手入れできなくて荒れた時期もあったんだけど、いまではきれいな霊園に作り直されてて風光明媚でしずかにご先祖さまと向き合える花と緑の楽園、納骨壇、永代供養、樹木葬あり、次を生きる世代に花として――」
「……途中から霊園の宣伝文句読んでねえ?」
涼一は眉をよせた。




