不動明王の祠 一
爽花の住む家から出て、倶利伽羅剣を車のトランクルームに積む。
二人で行こうとしたが、爽花がついて行くと言って玄関から出てきた。
Tシャツとパーカーに、ハーフパンツ。かなりの軽装だ。
「ガードレールの下潜ったりアスファルトじゃない土の上歩いたりするんだぞ。軽装すぎね?」
涼一は顔をしかめた。
「りょんりょんたちのスーツなんか、もっとそういうの向いてないじゃん」
爽花が口をとがらせる。
「俺らはいいの。終わったらこのまま会社に直行すんの」
涼一は答えた。
土屋が運転席のドアを開ける。
「運転代わるか?」
涼一は助手席側から尋ねた。
どちらからともなくルーフの上に拳を握った手を差しだし、じゃんけんをはじめる。
涼一が勝った。
「んじゃまたよろしく」
そう言い助手席に乗りこむ。
「おう」
土屋が運転席でシートベルトを締めた。エンジンをかける。
爽花が後部座席に乗りこんだのを確認すると、ゆっくりと駐車スペースから出た。
「前方、事故たハツしてます。ひき肉ひき肉キャ━━ハハハハハハ!」
「ひぇっ!」
後部座席で爽花がシートにすがりつく。
「な……なにこれ」
「さっきからカーナビほとんどジャックされててこんなん」
涼一は答えた。
「家のほかの電気器具は何もなかった?」
土屋が問う。
「……あったかな」
爽花が記憶をたどるように宙を見上げる。
「拓海ちゃんがネットおかしいって言ってたけど。変なサイトにやたら飛ばされるとか、ダークウェブみたいなのチラチラ表示されるとか」
「……ダークウェブって見てすぐ分かるもん?」
ハンドルをにぎりながら土屋が尋ねる。
「値札のついたロッカーの画像がそうだって記事は見たことあるけどな」
涼一は言った。
「ロッカー通販の画像?」
土屋が問う。
「ロッカーのなかに人を入れて送られて来るんだとよ。つまりロッカーについた値札ってのは」
「ひぃぃ」
爽花が変な声を出す。
「ヤバいやめて、りょんりょん。亡霊より怖い」
「鏡谷くん、いきなりポイント高い。全身鳥肌たったわー」
「何のポイントだよ」
涼一は顔をしかめた。
夜の住宅街を出て、暗い県道に入る。
車の数は少ない。二ヵ所ほどで事故の処理をしている警察官たちに行き当たった。
「カーナビのせいか?」
「どうかな」
土屋が答える。
涼一は、後部座席の爽花のほうをふりむいた。
「そういや拓海ちゃんて引きこもりなのに何で金持ってんの? 実家からの小遣い?」
「一日中PCのとこに座ってるから、いろいろやってるみたい。動画つくって収益化してるとか、ブログやってるとか同人誌描いてるとか」
「ぅお」
土屋が妙な合いの手を入れる。
「もっと安く買い叩けばよかった」
涼一は目をすがめた。
「二人ともひっどいよね。拓海ちゃんの中二心くすぐって損はさせませんて、大損させてんじゃん」
「内容的にウソはついてないだろ」
涼一はそう返した。
さきほど来たS駅ちかくのガードレールがいくつも設置された場所に到着する。
県道に一部沿った生活道路に入り、車を止める。
さきほどよりも通る車の数はすくない。
「駐車違反とか来られねえよな、ここ」
涼一は言いながら懐中電灯をつけたり消したりして確認した。
「さっき来られなかったから大丈夫かなと思うんだけどな。生活道路だし」
土屋が車のキーを抜いて懐中電灯をとりだす。
二人でほぼ同時に後部座席を見た。
「ん? なに?」
爽花が目を丸くする。
「おまえここで留守番してろ。警察が来たら ”お兄ちゃん待ってまーす" とか言え」
「そそ。”コンビニ行っててすぐもどりまーす" って」
二人でそう告げる。
「ええーわたしも手助けするううう!」
「懐中電灯もってきてないだろ? 人数分しかないし」
「言ってよー!」
爽花が声を上げる。
涼一はトランクルームを開けて、さきほど拓海から二千円で買い叩いた倶利伽羅剣をとりだした。
肩に担ぐ。
「んじゃな」
そう言い、さきほど降りたガードレールの付近に移動する。
下の均した土を照らし、しゃがんでかがみこんだ。
「さき行く?」
土屋がそう言いコンクリートの足場にうしろ手に手をつく。
そのままゆっくりと下に降りて着地した。
「剣、よこせ」というふうに手で合図する。
涼一は、かがんで倶利伽羅剣を慎重に手渡した。
土屋に剣を手渡したあと、自身も足元を確認しながら降りる。
さきほど降りたときのようなだだっ広い河原の景色はなかった。
部屋一つ分ほどのせまい空間の奥に成人の背丈ほどの祠がある。
その祠のまえに、あざやかな柄の着物を着くずした女がたたずんでいた。
千鳥だった。




