倶利迦羅剣 六
「ちなみに、その倶利伽羅剣を売ったかたのお名前などは」
「や、柳屋 千鳥って名前だったけど、その後アカウントなくなったみたいで」
千鳥━━━━!!
「あのメンヘラ、やりやがったな」
涼一はつぶやいた。
「いや分かんないよ、鏡谷。ほかのホログラム亡霊が千鳥の名前語ったのかもしれないし」
土屋が言う。
「うちの会社でも鏡谷くんの成りすましが指一本でキーボード打ってたし」
「俺じゃないって気づけよなああ、そこで」
涼一はおびえる拓海に、もういちど営業スマイルを向けた。
「あの倶利伽羅剣を二千円でおゆずりいただけないでしょうか」
「おっ、攻めた」
うしろで土屋がつぶやく。
「で、でもあれ一万円して」
「失礼ですが、拓海さまとしてはどういった趣向でお求めになったものでしょうか」
「ななななんか、強そうだし」
拓海が頭をかかえて縮こまる。
「なるほど」
涼一は、さらに拓海に近づいた。
「ひっ」
「あれに日本国の命運がかかっていると言ってもご承知いただけないでしょうか」
涼一はすがるような表情を作ってみせた。
「に、日本の……」
「拓海さまのご決断に日本人一億二千万の命運がかかっているんです。どうかご決断くださいませんか」
「ボ……ボクただの引きこもりで」
拓海が動揺したような顔をする。
「いまのあなたさまはサナギの状態なのです。ムダな時間などありません。必要なお時間だったんです」
涼一は言葉に力をこめた。
土屋がうしろで「言うじゃん」と小声で茶々を入れる。
黙ってろ、バカ。
「ネットをご覧になられていたのなら、お気づきかと思います。ここ数日、奇妙な成りすましのウワサが日本国中にあること、ここ一日二日、市内で人工衛星をつかった電波ジャックが横行していることに」
「ボ、ボクのPC、きのうからネット入ると変なサイトに飛ばされるときあって」
拓海が厚い唇を震わせながら返す。
「そうでしょう! それを解決できるのは日本国で拓海さまお一人なんです! どうかご決断ください!」
涼一は頭を下げてみせた。土屋がそれに倣う。
「いいいやでもボク」
「われわれを助けてください!」
涼一は語気を強めた。「どうかお願いします!」と土屋がつづけて言う。
「ええええええ。いやいやだってボクがなんか損することとか」
「そのようなことは決してございません! われわれを信用してください!」
「ええええ、でもでも契約って怖いじゃん」
そのわりにメルカリで変なもん買ってんじゃねえか。涼一は内心でツッコんだ。
「拓海さまに会うためにはるばるK県から来ました。あなたさまに頼るしかわれわれにはないんです!」
「どうかわれわれを信じてください!」
土屋がつづける。
拓海は縮こまりながらしばらくこちらを見ていた。
「ほ、ほんとにボクが損する部分とかない?」
「いっさいございません。これはもう信用してくださいというしか」
涼一はもういちど頭を下げた。
「え、え。じゃあいいけど……」
「ありがとうございます。こちらにご著名を」
涼一は内ポケットから手帳を取りだし、ボールペンとともに手渡した。
拓海がこちらをチラッチラッと見る。
涼一の笑顔を貼りつけた顔をじっと見ながらおずおずと受けとる。
拓海がしつこくこちらをチラチラと見ながら手帳の白紙のページに署名して、涼一に返す。
「ありがとうございます。いい契約をなさいました」
涼一は営業スマイルを浮かべながら手帳を内ポケットにしまった。
つづけてサイフをとりだす。
「千円ずつな」
「おう」
土屋がおなじようにサイフを取りだし千円札を引きだす。
「……日本の闇」
テーブル横で体育座りした爽花がつぶやく。
「商売ってのはイメージを売るものなんだよ」
涼一は答えた。
涼一は立ち上がると、部屋の一角にある倶利伽羅剣を手にした。
さすが重い。
「大丈夫? 持てる?」
土屋がサイフを内ポケットに入れながら立ち上がり手を差し出した。
「んじゃこれから行ってくるわ」
そう爽花に告げる。
「えっ、もう行っちゃうの?! 暗いよ」
「あしたここ朝一で出発せんと会社間に合わんし」
涼一はそう言い倶利伽羅剣を肩にかけて持つ。
「社畜だしな」
土屋がそう応じた。




