病院 玄関まɀ 二
「渋沢……じゃない、鏡谷さーん」
さきほどの受付の中年女性が、玄関口の扉から顔をだしてこちらに呼びかける。
「CTとMRIの準備できたって。診療室のほう行ってくれる?」
「ああ……はい」
涼一は軽く会釈をした。
同僚の土屋に連絡して成りすましの画像か動画と保険証をたのもうと思ったのだが、しかたがない。
診察のあとか。
玄関口のレトロな感じのガラス戸を開ける。
建物はけっこう大きいが、なかの内装や設備からして平成初期あたりの建物という感じだ。
あらためて外の景色を見回すと、病院の敷地の向こうに農家のような家屋やビニールハウスが点在しているのが見える。
「島」と地名につくわりに陸地なのか。
自分はどうやってここに連れてこられたのか。車だろうか。
それでもいろいろ違和感を覚えるが。
玄関口で靴を脱ぎながら、スリッパに履きかえる。
入ってすぐのところにある受付に会釈して通りすぎた。
「あ、さっきの診察した部屋とは違いますんで。 ――だれかぁ、案内できる?」
中年女性がそう声を上げる。
ほぼ同時に、受付の小窓の向こうから「きゃっ!」「イヤッ!」と二、三人の女性の短い悲鳴が聞こえた。
涼一は目を丸くしてそちらを見た。
「え、なに。なにしたの?」
中年の女性がそう問う。
「すみません。お札の顔が笑っているように見えて」
そう説明する若い女性の声がする。
「わたしも」
「見えたよね。ホログラムのとこ」
ほかの職員と思われる女性たちが口々にそう続けた。
またお札の話か。
涼一は顔をしかめた。とうぶん新しい紙幣は見たくない。
「なんかSNSでウワサあるみたいなんですよね。新紙幣のホログラムのところが笑ってるとかうしろ向いてるのがあるとか、二人とか三人にふえるときがあるとか」
女性の一人がそう話す声が聞こえる。
ほかの女性職員たちが、気味悪そうに「ひぁ」という感じの声を口々に発している。
そのネット上のウワサは、涼一自身も数日まえから知っていた。
あまり内容はくわしくなかったが。
受付のドアが開く。
若い男性が顔を出した。事務職かなにかかと思ったが、胸のネームを見ると看護師のようだ。
「あ、案内します。こちらに」
男性看護師は、廊下の先を歩きだした。
さきほどとは違う棟に案内される。
さらにうす暗くせまい廊下。窓も少ないので閉塞感がある。
ふたむかし以上まえの建物だと、間取りが心なしせまいものがよくあるが、そんな感じだ。
「えと、CT撮影のさいはせまい部屋に入ることになるので、閉所恐怖症などあったら申し出てください」
若い男性看護師が案内しつつ告げる。
「いえ、とくにそういうのは」
涼一は答えた。
この閉塞感のある廊下を平気で歩いている時点で大丈夫だと判断できそうな気もするが。
「あ、そうですか」
男性看護師が小冊子のようなものを見る。マニュアルだろうか。
「あと、妊婦は撮影できません」
涼一は無言で男性看護師の後頭部を見た。
男性看護師が「あ」と小さくつぶやいてこちらをふり向く。
「な、ないですよね」
「おかげさまで」
よう分からん返しをしてしまったと言ってから思う。
「あと。マスク、メガネ、アクセサリー等々つけているものは外してください」
「とくにつけてません」
「あ、そうですよね」
男性看護師がもういちどふり向いた。
頭部に触ることができないという感覚はあいかわらずだ。
もし頭部に何かつけていても、自分でとることができないのだろうか。
「女の子なんか、ないですって言っておいていざ撮影しようとしたら頭にヘアピンつけてたりして」
「ああ……ありそう」
涼一は答えた。
「人の話聞いてないんですかね」
「単につけてんの意識してなかったのでは」
男性看護師が黙りこむ。
女の子になったことはないが、想像つかんのかなと涼一は思った。
「このまえの女子高生なんて」
「女子高生の患者……へえ」
涼一はさきほど見た外の景色を思いうかべた。
里山っぼい風景だったので、高齢者しかいないのだと勝手に思いこんでいた。
「双子だったんですけど、両方の子アクセサリーとってって言ってるのに、片方の子だけとって "とりました”って」
涼一は無言で男性看護師の背中を見つめた。
何か特殊な事例でよう分からん。
「こちらどうぞ」
男性看護師が「CT室」とプレートの貼られたドアを開けた。