倶利迦羅剣 四
「りょんりょ━━ん! 待ってたようう!」
爽花の住む郊外の家に着くと、エンジン音で察したのか爽花が二階の窓から顔を出し大きく両手を振った。
察するところ、あそこは引きこもりの拓海ちゃんの部屋の窓か。
「おーまだ単体でいたか」
涼一は二階の窓を見上げた。
ほかの部屋はあかりはついておらず真っ暗だ。暗くなってからいっさいあの部屋から出ていないのが分かる。
「鏡谷くん、駐車スペース借りていいの、ここ」
土屋が運転席から顔を出す。
敷地の端のほうに、この家の持ち主の爽花の伯父が使っていたと思われる屋根つきの駐車スペースがある。
「おい、駐車スペースに車置いていいのか?」
涼一は二階に向けて声を上げた。
「いいよー。土屋さーん、いらっしゃいませぇー」
爽花が窓に乗り出して声を張る。
「いらっしゃいました」
土屋がそう返す。
「とりあえず二人がかりで倶利迦羅剣が拓海ちゃんの部屋にある理由を吐かせるぞ」
涼一はもういちど助手席に乗りこんだ。
土屋がゆっくりと車を発進させる。
「乱暴はダメだ。会社にクレームが行く」
土屋がすこしずつハンドルを回す。
屋根つきの駐車スペースに車を乗り入れると、エンジンを切った。
「とりあえず何持って降りればいい? コーヒー飲んじゃえば?」
土屋がすこしだけ残したコーヒーの缶をドリンクホルダーからとりだす。
「お」
涼一は車から降りながら缶を受けとり、車外で立って飲み干した。
「ゴミ、捨てさせていただけるかな」
土屋がビニール袋にゴミをガサガサとまとめる。
「ビニール、有料なのにもったいねえな」
涼一は玄関のはめ殺しのガラス戸を見た。玄関は真っ暗だ。
「さっきの懐中電灯もってったほうがいいな。爽花は降りて来られんだろうし」
「ああ、そっか」
土屋がさきほどの祠のところで使った懐中電灯をカチカチとつけたり消したりする。
涼一も車のドアを開け、自身がつかっていた懐中電灯を手にした。
もういちど二階を見上げる。
「玄関の鍵は開いてんのかー?」
「開いてなーい」
爽花が二階の窓からそう返す。
「開けろ!」
「怖くてここから出られないもぉん」
爽花が、窓ぎわで白っぽい布のようなものを両手でぐるぐると丸める。そのままバサッとこちらに投げてよこした。
駐車スペースと玄関の中間地点あたりに落ちる。
拾ってみると、女物のパーカーだった。
「ポケットにカギ入ってるからー。それで入ってきてー」
「勝手知ったるみたいになってんな。一泊しただけなのに」
涼一は顔をしかめた。
二人で玄関のまえに立ち、ドアの鍵穴に鍵をさす。
カチッと音がしてカギが開いた。
ドアを開ける。
目の前に、無表情で体をフニャフニャにして立つ爽花がいた。
「うわっ!」
思わず涼一はあとずさった。
倶利迦羅剣のある部屋に入れないホログラム亡霊のほうか。
基本の姿は爽花だが、紙幣のホログラムを切りとったかのようにペラペラでうすっぺらく、玉蟲のように動くたびに色を変える。
事態が進行したら分裂した二体とも乗っとられるところだったのだろうが、かろうじて人格が残っている片方が安全地帯に逃げこんだという感じか。
「あっ、さやりん、やっと会えたね、こんばんは」
土屋がボケをかます。
「それ……言ってて楽しいか?」
「まあ、あいさつは大事と習ったし」
土屋が頭をかく。
涼一はあたりを照らして階段の位置を確認した。
「放っておいて二階行くぞ」
「了解」
土屋が革靴を脱いで手に持つ。
「あ、持ってったほうがいいのか」
涼一も玄関の三和土で脱いだ革靴を手に持った。
「リョんりょんりョんりょンりょんりョん、待ってタよゥ」
ホログラムの爽花が、紙幣のようにペラペラと前後にゆれながら言葉を発する。
全身のホログラムの色が、暗い玄関で懐中電灯に照らされよけいに不気味だ。
「もう少しでノットり完了ナノに邪魔シてんジャねえよぉ」
亡霊がペラペラにゆれながらそう主張する。後半の言葉は、急激に地の底から響くような低い声になった。
「お不動とか、俺らをナメんじゃねエよう。女か子供みたいな顔してよう。俺らココラじゃチットは知られた盗賊だったんダカラようー。何ニンも殺したぜギャハハハハハハ」
「りょんりょん!」
階段の上部に電灯のあかりが射し、爽花が顔を出した。
「こっち! 早く!」
「分かってる。おまえ出て来んな――土屋」
涼一は、うしろにいる土屋をふりむいた。
「おう」
行こ行こという感じで土屋が背中を拳で押してくる。
「お不動の使いとか道とか、生キテる人間ナんて殺しちゃえばいいんダよォォ━━!」
ホログラムの爽花が、細長く折れ曲がり涼一の首に巻きついた。
巻きついたとたんにググッと締まる。
「グッ!」
涼一は首をおさえて身をかがめた。
「鏡谷!」
「りょんりょん!」
土屋が引き剥がそうとホログラムに手をかける。
とたん。
足元から激しい炎が湧き上がり、ホログラムの爽花が燃え上がった。
炎が天井まで達して、天井材を這う。
「うわっ、やべ火事」
土屋が声を上げた。
「違う。……たぶん行員さん」
涼一は、喉をおさえてゲホッと咳をした。
炎はすぐに止み、ホログラムの爽花が黒焦げになって床に散らばり消える。
とつぜん土屋が、涼一の両肩をつかんだ。
「なに」
「いや……また気絶すんのかと思って」




