倶利迦羅剣 三
国道を北上し、すぐに県道に入る。
小山の側面にそったあまり街灯のない道に入り、しばらく行くとまたべつの県道に出る。
「そこから、でかいドラッグストアみたいなのあるところから右折」
涼一はスマホのマップとフロントガラスを交互に見た。
「前方、ちョクしんしてください」
「ばっクシします。左折しテくだサイ」
あいかわらずカーナビからはおかしな道案内が流れる。
さきほど動画やポストをあちこち検索したところ、市内全域で事故が多くなっているようだった。
注意を呼びかける警察署のポストがタイムラインに流れてくる。
こちらはただの会社員だ。事故多発に関してはおまわりさん頑張ってねと祈るしかない。
税金払ってるし。
「いやよかった。ナビいないとさやりん家がどこか分かんないし。ほんもののナビの言う通りにしたらたぶん死ぬし」
ハンドルをにぎりながら土屋がホッとした息を吐く。
「何かこの件に巻きこまれてから気絶率高いんだよな。関係あんのか?」
涼一は、スマホのマップをスクロールした。
「もともと気絶グセあったとか?」
土屋が尋ねる。
「ない。気絶歴ゼロ」
「エックスかオカルト板にでも書いてみれば? だれか答えてくれるかもしんない」
「書くか?」
涼一は顔をしかめた。
「何か共通点あるんなら何かあるんかもしれんけど」
「なんだその中身のないセリフ」
涼一はフロントガラス越しに周囲の景色を見た。ためしに記憶をたどってみる。
「一回目は、銀行の駐車場で行員さんに声かけられたときだよな……。二回目が綾子さんが行員さんに見えた瞬間」
「綾子さんって、飯坂温泉に行った人妻?」
「人妻」
涼一は答えた。
「三回目がネカフェにあらわれた行員さんを追っかけてる最中、四回目が」
涼一は宙を見上げて指を折った。
「……鏡谷くん」
土屋が口をはさむ。
「おい鏡谷くん」
「四回目がさっきのか? ピースした手形見て行員さんじゃないかと思ったとたんに」
「……おい鏡谷」
土屋が声音を低く落とす。
「何した、急に」
「がっつり共通点あるでしょ! ぜんぶ行員さんの接触時じゃないの?!」
車が道路をすすむエンジン音が車内に響く。
涼一は、目を見開いて運転する土屋の横顔を見た。
「ああー」
「うわまじ。このクソ鈍いお使いさん、どうにかならないですか、お不動さま」
土屋が眉をよせる。
「俺も可能なら、今からでもそこら辺のえらい坊さんに代わってほしいんだけどな」
涼一は言った。
「しかし何で行員さんと接触すると気絶するんだ……?」
涼一は額に手をあてた。
自身の頭部の感触がしっかりあることにホッとする。
不動明王が「使い」の頭部だけ真っ先に取り返したとか千鳥が言っていたが。
「脳の容量いっぱいいっぱいになるんでね? 神仏との接触だし」
前方を見つめながら土屋が言う。
「ほらつまり、あっちはエネルギーが高すぎるというか強すぎるというか。――ちょこっとの接触でも人間の魂じゃ受けきれないとか。知らんけど」
涼一は眉根をよせた。
「んじゃ、もっと丈夫なやつ選べ……」
車が赤信号で停まる。
「信号は正常なの?」
「いまのところはそうみたい」
土屋が答える。
「考えたことなかったけど、いまどきってAIで制御?」
「そこまでではまだないらしい。コストとかもあるだろうし。コンピュータプログラム?」
土屋が言う。
涼一はうしろをふり返り、後続の車を見た。
運転手がイヤそうな顔をしてハンドルをにぎっている。やはりカーナビがおかしいのか。
「信号が一時的に誤作動くらいなら、そんなにパニックまではならないんでないの? 東日本のときも信号なくて交通整理のおまわりさんもいないって道路で、たいした事故も起こってないみたいだったし」
「前方、ちョクしんしてください」
「ばっクシします、わたシの指をサガシテください」
「荷車に轢かれてツミレになってる。アハハハハハハハ!」
とつぜんカーナビから大音量で流れたセリフに、二人で同時に引く。
土屋がハンドルをにぎったままシートを背中で押した。
「な……なに? ツミレ?」
土屋が顔をひきつらせる。
「おまえはあんま驚くなよ……あぶねえだろ。コンビニのおでんにあるあれだろ?」
「説明すんな。ツミレ永久に食えなくなる」
「んじゃ説明求めるような言い方すんな」
涼一は胸元をおさえて動揺した息を吐いた。




