倶利迦羅剣 二
気がつくと、前方のフロントガラス越しに煌々とあかりのついたホームセンターの建物が見えた。
ホームセンターの駐車場に停車しているらしい。
涼一は、のろのろと上体を起こした。
座っていた助手席のシートが倒してある。額に保冷剤のようなものが乗っていたので眉をひそめつつ取った。
土屋の運転で爽花の家に向かっていたはずだが。
状況をつかもうと、ホームセンターから出てくる人々と駐車場内を移動する車をぼんやりとながめる。
土屋は運転席にはいなかった。
どこ行ったんかなとホームセンターの店内をガラス越しにながめる。
そういえば爽花の様子はと思い出してスマホをさがした。
気を失うまえに手にしていたスマホは、ダストボックスに放りこんであった。
とりだして爽花の番号にかける。
「──うわああああああん! りょんりょん!」
爽花が速攻で出た。
「──ぅわ━━ん、わんワん、りょんりョンりょんリょんりョンりょん」
遠い位置から変なアクセントのセリフが聞こえる。
「無事か」
とりあえずホッと息をつく。
「綾子さんは来てるのか?」
「──綾子ちゃんね、スマホ通じなくて変だなと思ってべつの親戚の子に聞いたら、旦那さんと仲直りして帰宅してからいきなり二人でうっきうきで飯坂温泉に旅行に行っちゃったんだってぇぇ!」
何なんだ、あの人は。涼一は顔をしかめた。
「──二人のラブラブ世界に浸りたくてスマホ切ってるみたいって親戚の子ゆってたあああ!」
「ともかく遠回りしてたんで悪かった。これからそっち行く。──たぶん二、三十分もあれば着くと思う」
「うん、あのね」
爽花が話を切りだす。
「さっき、りょんりょんの知り合いだっていう女の人来てね、──拓海ちゃんの部屋にある倶利伽羅剣のそばにいれば大丈夫っていうから、いま拓海ちゃんの部屋に避難してるの。ホログラムのやつは、部屋に入って来れないみたい」
「──は?」
涼一は目を見開いた。
何だその情報量が渋滞したようなセリフ。
「知り合いの女……? が、なんでおまえんちに。つかどんな」
「お、鏡谷くん、起きたのか、おはよう。なに? コロナの後遺症?」
運転席のドアを開けて土屋がのぞきこむ。
「よっこらせ」とつぶやいて運転席に乗った。
「コロナ罹ってねえわ」
涼一は答えた。
「いちお医療相談のとこに電話して、成人男性の健康なやつが酒も飲んでないのにいきなり気絶したんだけどどうしましょうって聞いたんだけどさ。まあ脈も呼吸もふつうっぽいから様子見ましょうって感じで」
「わるい」
涼一は額に乗っていた保冷剤を土屋に差しだした。
「いらない。それ起きんの待ってるあいだに食ってたシュークリームについてたやつ」
「あそ」
なんとなくダストボックスに入れる。
爽花と話してる最中だった。
「わり。いま土屋もどってきて。──んでその知り合いの女ってどんな人」
あらためてそう問うと、爽花が黙りこんだ。
「土屋さんのまえで言っていいの?」
「なに言ってんの、おまえ」
「なに。さやりん? 無事だったの?」
土屋が口をはさむ。
「何か情報量多すぎる状況で無事。──ちょうどいいわ、おまえも聞け」
涼一はスピーカー機能をタップした。
「スピーカーにした。土屋も聞いてる」
「つ、土屋さん公認の人なの?」
「だからなに言ってんの、おまえ」
涼一は眉をよせた。
「──えとね、どっかの会社の制服みたいなの着てて、霊池って名札つけてた。白のブラウスに紺のベストに紺のタイトスカート。栗色っぽいストレートのセミロングで」
爽花がここでいったん言葉を切る。
「び、美人。──なんか元アイドルとか言われそうな感じの」
「巨乳だったか」
涼一は真顔で聞いた。
「……何か質問の意図分かってなかったら、変質者と思われそうな質問」
土屋が横でツッコむ。
「──そういうこと聞く?! いくらりょんりょんでもセクハラじゃん!」
爽花が声を荒らげる。
それもそうだ。涼一は「悪い」と言って取り消した。
「行員の霊池さんこと、お不動さんだ」
涼一はつぶやいた。
「倶利迦羅剣が、爽花がいまいる家の引きこもりの拓海ちゃんの部屋にあるって言いに来たんだってよ」
「それ、ほんもののお不動さんって確証ある? もしかしたら千鳥かホログラム亡霊の撹乱かもしれない」
土屋が言う。
「確証というか。さっきの窓の手形、お不動さんじゃないかって」
「あ?」
土屋が顔をゆがめる。
涼一はフロントガラスを見た。手形がきれいに消えている。
「そういや手形は? 拭いたの?」
「おまえが気絶して、声かけてもぐったりしてるんで様子見ようとしてここに車停めたら消えてた」
涼一は自身のシャツを見た。
そういえばガードレールの下の空間でついた手形も起きたときには消えていた。
「あのなかに一個だけピースした手形あったんだよな。千鳥とかそんなおちゃめやりそうにないし、もしかして行員さんかとか思ったとたんに気絶した」




