倶利迦羅剣 一
コンクリートの段差を登り、生活道路に停めていた車にもどる。
サイドウィンドウからなかをのぞくと、さきほどもよりのコンビニで買った弁当や惣菜が入ったビニール袋が確認できた。
とりあえず駐車違反を問われた気配もない。
「あとどうする? さやりんちゃんに電話する?」
土屋がシャツについた汚れをはらいながらドアロックを解除する。
運転席のドアを開けた。
「とりあえずメシというか、コーヒー飲みたい」
涼一は助手席に乗りこんでビニール袋をさぐった。
「あーぬるくなってる」
缶コーヒーを手にとり顔をしかめる。
「あ、俺もコーヒー。UBBのほうのやつ」
「ほい」
涼一は土屋の選んだ缶コーヒーを手渡した。
「あーやっべぇもん見た」
土屋が運転席のシートに背中をあずける。
「霊現象だよな、あれ。じっさい遭うとあんななのか?」
涼一はビニール袋をさぐった。レジ横で売られている惣菜をとりだしてくわえる。
「ひゃめてる」
くわえながら缶コーヒーのプルトップを開ける。
「倶利迦羅剣があの周辺に落ちてるとしたら、またあのメンヘラさんと対決すんのか?」
土屋が缶コーヒーのプルトップを開ける。
「メンヘラって呼び方合ってるな。メンヘラって呼ぼ……」
車のフロントガラスに、ベタッと血の手形がつく。
涼一と土屋は、二人そろって固まった。
血の手形がベタッ、ベタッ、ベタッとつぎつぎとフロントガラスについていく。
「え……おい」
土屋が、いま上がってきたガードレールの向こうの段差を見る。
「千鳥?!」
「ここまで追ってくんのか?!」
土屋が、食べかけのチキンをくわえながらエンジンをかける。
周辺を急いで確認すると、発進させた。
対向車の確認もそこそこにすぐ横の県道に出る。
手形が、運転の支障になるほどフロントガラスをおおっていないのは幸いだ。
ベタッ、ベタッとつきつづけていたが、祠のある場所から離れるとつかなくなった。
「止まった……か?」
涼一はつぶやいた。
前方はもう暗くなっている県道なので、あらたな手形が見えていないだけかもしれない。
「とりあえず、このままさやりんちゃんのとこ目指す。ナビして」
土屋がそう指示する。
「ああ」
涼一は周囲を見回した。
ダストボックスに放りこんでいたスマホをとりだし、マップを検索する。
「――前方、左折してクダサイ」
エンジンをかけたので、カーナビの音声も流れはじめる。
ためしに左折したさいの行き先をマップで見ると、どんどん山奥に入っていくことになる。
やはりさきほどとおなじ亡霊の声か。
「カーナビ、あいかわらず電波ジャックされてるみたい?」
土屋が問う。
ここらへん一帯がそうなのか軽く調べようと今度はユーチューブを開いてみる。
S市付近の広域にわたる電波障害のニュース動画を見つけた。
「されてるみたいだな。S市全域とその付近の地域」
涼一は答えた。
「カーナビに影響およぼすとか。カーナビに相対性理論が応用されてると知っての所業か」
「知らんだろ。俺もいま知った」
もういちどマップを表示させる。
「このさき、つきあたりでぶつかる国道に入って北上」
前方を指さす。
フロントガラスの手形が目に入った。
ふと妙なことに気づいて、指先で軽く触れてみる。
指先に血がついた。
「え、――は?」
涼一は自身の指先を見て硬直した。
車内からつけられている。
「なに。何した」
土屋がハンドルをにぎりながら尋ねる。
「やべ。聞かないほうがいい」
「何かそれで分かったわ――――!」
土屋が声を上げる。
「ムダに勘良すぎんだよ、セーブしろよ頼むからァァ!」
「ヤバい、怖い。鏡谷、後部座席にびしょ濡れのお姉さんとかいないか見て」
「いるとしたらメンヘラ遊女だろ……」
涼一はおそるおそる後部座席を見た。
だれもいない。
「だれもいない。濡れてもいない」
土屋がハァーと息を吐く。
後部座席をチラチラと見ながら涼一は座り直した。
フロントガラスの血の手形が目に入る。
小ぶりの手だ。
女の手なのは間違いない。
自宅アパートの冷蔵庫の横にも小ぶりな血の手形があったが、あれも千鳥だったのだろうか。
他県にまで来られていたのか。
スマホのマップを見ようとして、ふとフロントガラスの端についた手形に目を止める。
対向車のライトで照らされて数秒のあいだクッキリと見えた。
一つだけ、おかしな形の手形がある。
手のひらではなく、指を折り曲げてつけたような。
どうやってつけた手形なのかと自身の指を折ってみるうちに、ちょうどピースしてつけたものではと気づいた。
「ピース?」
とたんに気が遠くなった。




