ꤾバヰパꚧ➡️国道Y号
涼一は目に入ったポストを読んだ。
「 "さっき見たら不動明王のこと書いてた人いましたよね。あたしも地元の県なんで遊女の千鳥の悲恋話とか処刑場跡とかそこを鎮めてるお不動さま知ってるんですけど” 」
「お」
土屋が小さく返す。
「 ”で、思い出したんですけど、お友達のりょん……" 」
涼一は軽く顔をしかめた。
「……”お友達が撮った動画に映っていた光が、実際は人魂だったってことで思い出したんですけと" 」
「いまの一瞬の間なに?」
「んなもんあったか?」
涼一は指先でゆっくりとスクロールした。
「 "――思い出したんですけど、遊女の千鳥と処刑場の罪人の霊を鎮めているお不動さまは、通称、火の玉不動って地元では言ってまして、昔(江戸時代?)その辺りで大きな火の玉を見たお武家さんが、その火の玉を斬りつけたところ”」
そこまで早口で読んでスクロールする。
「火の玉不動?」
「やっぱお不動さんが出てくるのか」
土屋がそう返す。
「――つづき。えと、火の玉を斬りつけたところ……"不動明王の祠のちかくで童子に会い、腕があるにもかかわらず腕を失くしたと言われたので”」
ハッと涼一は目を見開いた。
「腕を失くした?!」
土屋が声を上げる。
「んじゃ行員さんって?!」
フロントガラス越しに前方を見ながら、土屋が続けてて大声を上げる。
「いや待て、俺が会ったのはアイドル顔の童顔だけど成人の女だ。ショタじゃねえし」
「そのおなじこと言った童子って何者だったの! さき読め! さき!」
土屋が急かす。
「えっと」
思わず眉をひそめる。
画面をスクロールする指がかすかにふるえた。
「 ”お武家さんがふと祠を見ると、不動明王の像の" ……なんだこれ。何て読むんだ?」
「なに」
運転しながら土屋が聞き返す。
「読めね」
涼一は土屋にスマホ画面を見せた。
「……信号で停まったら見る」
「つか、ググったほうが早いな」
涼一はコピペして検索バーに貼りつけた。
「最初からそうしたら? 鏡谷くん」
土屋がアクセルを踏む。
「わるい」
涼一は検索アイコンをタップした。
「倶利迦羅剣……」
検索するとそう出た。
「なに? 不動明王の必須アイテム?」
土屋が問う。
「 ”不動明王が右手に持ってる剣。倶利伽羅龍王が、燃えさかる炎になって剣に巻きついた姿で描かれることが多く……" 」
涼一は検索で出てきたウィキペディアを閉じ、もういちどエックスを開いた。
「……えと? ”お武家さんがふと祠を見ると、不動明王の像が持っているはずの倶利迦羅剣が落ちている。これのことかと思い、お武家さんは拾って元通り右手に持たせてやったそうです”」
涼一は読み上げた。
土屋が気むずかしい顔で運転を続けている。
「ていうか鏡谷くん、いったいどこの孫なの。お不動さまのとこの孫が、お不動さまの最重要アイテムの漢字読めないとかなくない?」
ようやく口を開いた土屋がそう文句を言う。
「うるさいよ。ようやくコメントしたと思ったらそんなんか」
涼一はサイドウインドウに肘をついた。
「こんどお祖父さまのとこ行ったら言っとくわー」
「言ってどうすんだ」
涼一は顔をしかめた。
「涼一くんは跡継ぎはムリです」
「なる気一パーセントもねえよ」
郊外の店と住宅の混在したような地域に入っていく。
途中の道の奥のほうにあった大きな建物は、ローカル線の駅だろうか。
「つづき読むぞ。"それから火の玉は現れなかったっていうお話で"……」
涼一は無言でスマホの画面を見つめた。
前方には、広々とした駐車場のあるドラッグストアのような建物が見える。
「……つまり?」
涼一は、だれに聞かせるでもなくそう呟いた。
「運転しながら聞いてるから、細かい取り違いあったらごめんだけどさ」
土屋が切りだす。
「腕を失くしたってのは、倶利迦羅剣を失くしたというか、祠の下かどこかに剣が落ちて困ってるみたいな意味か?」
「素直に受けとるとそういうことだよな……」
涼一は答えた。
「祠のある場所に行って、倶利迦羅剣拾ってやればいいってこと?」
土屋が言う。
ウインカーを出し、ハンドルを切った。
「それだけか?」
涼一は顔をしかめた。
「そんなんで日本中巻きこみかねない怪現象が一気におさまったら拍子抜けだな……」
「まあ案外そういうものかもしれんけど」
土屋が言う。
「そんな程度で他県の人間呼ぶな。地元の人間にやらせろ」
涼一は吐き捨てた。
「お不動さまがコンタクトとれる人間がほかにいなかったとか? 波長がたまたま合ったとか? 知らんけど」
土屋が前方を見ながら言う。
「基準が分かんねえよな、ほんと。もっとえらい坊さんとか霊能者とかさ。たっかい志しの政治家とか選べって」
「一般の営業職の社畜だもんな……なりゆきで手伝ってんのもおなじ営業職の社畜だし」
土屋がハンドルを握りつつゲラゲラと笑う。
「それな」
涼一はサイドウインドウの外をながめてそう返した。




