꠹バイ゙パꚧ➡️國道J号線
「――そこの信号左折。そこ。何かハロウィンみたいな看板の絵の建物」
涼一はスマホを見ながら指示した。
「やつらがネットのほうにも影響してきたら、あと紙の地図にするしかないか……?」
ハンドルをにぎりながら土屋が眉をよせる。
「ああ……紙の地図って手があったか」
涼一は助手席でつぶやいた。
「ナビとスマホがダメなら詰むとか思っちまったわ」
「究極んときはアナログ最強って、まさか霊現象にも通用すると思わんかったわ」
土屋がつぶやく。
「つか、どこで売ってるんだっけ。紙の地図って」
土屋が問う。
「コンビニ?」
涼一は暗くなった空をフロントガラス越しに見上げた。
「――コンビニにあったっけ?」
「どうだっけ。あと百円ショップ? 本屋?」
「本屋なんていまどきどこにあんの……」
土屋が顔をしかめる。
「――前方、右折してクダサイ」
ふいに、カーナビから例の紙幣たちの訛りのような音声が聞こえる。
「右折……道ねえじゃねえかよ」
涼一はスマホ画面のマップを見てボヤいた。
「そっちに何あるんだ。何か定番の怪談みたいになってきたな」
「ああ? こっちムリヤリ右折したら……」
涼一はスマホのマップをたどった。
「どんどん山奥……」
「そこまでナビいいわ」
土屋が顔をしかめた。
「これ、俺らが狙われてんのか? それともこのあたり全域がこれなのか?」
涼一は車の後方を見た。
郊外というよりも市町村の境の山あいに入ってきているので、後方はほぼ真っ暗だ。
「さやりんちゃんの例の家はここ抜けた郊外って感じ?」
「血洗島ととなりの市町村の境にちかい新興住宅地って感じのとこ」
「おけ」
土屋が返事をする。
「しかし、渋沢さんも風評被害だな。自分の肖像のついた紙幣にとり憑いて利用しようとしてんのが、出身地のちかくの亡霊団とか」
「血洗島なんて地名がトラップな」
涼一はそう返した。
「とり憑かれた人が渋沢さんに見えるのは、つまり憑かれてない人にはホログラムの肖像に見えてるって感じか……?」
涼一は後頭部に手をあて、座席シートに背をあずけた。
とたんに大きく目を見開いて後頭部から手を離す。
「うわっ!」
「なにっ。何した鏡谷くん」
「頭の感触があるっ!」
涼一は助手席で上体をかがませた。
「うわやべ、何だこれ。びっくりした」
「んじゃいきなり解決か? どういうことかな」
土屋が眉をよせて前方を見すえる。
「解決? いきなりか?」
「それか事態が進んでるか。――どっちかな」
涼一は妙な不安で心臓のあたりをおさえた。
解決ならいいが。
「ちょっと爽花のスマホにかけてみる」
「おう」
土屋が短く返事をする。
マップを閉じ、爽花の番号をタップする。
ややしてから通話状態になった。
「──あ、俺。そっちその後どうした……」
「──りょんりょん、どうしよ! さっきから向かいに座った分身が消えないようっ!」
「──りょんりょん、どうしよ! さっきから向かいに座った分身が消えないようっ!」
涼一はスマホを耳にあてたまま鳥肌を立てた。
「実体化してんの! 触れんの! ──触んないでやだー!」
「実体化してんの! 触っちゃうよ! ──触っちゃうよやだー」
状況を想像して、ゾワゾワと鳥肌がひどくなる。
話し言葉が別々になってんじゃねえか。
ヤバいと直感した。
「──やだよー! 怖いよりょんりょん! どうなっちゃうの、怖いぃぃ!」
「──やだよー、怖いよりょんりょん。どうなっちゃうの、二体の霊で乗っとっちゃうんだよ、怖いぃぃ」
ぐすぐすと泣く爽花に対して、もう一人の声はアハハハハと棒読みで笑う。
事態がさらに進んだら、泣いているほうの爽花も乗っとられるということだろうか。
「落ちつけ。いまそっちに向かってるから、とりあえず綾子さんに電話して来てもらえ」
「──うん……」
「──うん……アハハハハハ!」
亡霊の声にイラッとする。
「いいか、すぐ行くから。いったん切るぞ」
「──やだ、りょんりょん切らないで! 怖い!」
「──やだ、りょんりょんの首も切っちゃうよ! 怖い!」
「くそったれ」
涼一はつぶやいた。
「こっち繋ぎながら、ほかと話す機能あるか?」
「──ないと思う」
爽花が答える。
「……んじゃいったん切らないと綾子さん呼べないだろ。すぐかけ直すから」
「──うん……」
「──うん……こ!」
亡霊がアハハハハハと笑う。
通話がいったん切れる。
この判断でよかったのか。
切ったことで最悪の事態にはならないかという不安にかられたが、土地勘のない自分たちを待つよりも身内のほうが確実だろう。
「何した」
土屋が問う。
「けっこう最悪」
涼一は答えた。
あいつ。能天気で平気そうに見えてたが、必死で恐怖感をおさえていただけだったのか。
怖いからこそ、見ずしらずの会社員を訪ねてきて家にまで泊めたのだ。
こちらがずっと歳上なのに、分かってやれてなかった。
情けないなと涼一は思った。




