自宅ㄗパー卜 三
「右腕?」
午後五時すこし過ぎ。
営業先から会社にもどる途中でいったんアパートに寄った土屋が復唱する。
テーブルの上には、スピーカーにして爽花とつないだ涼一のスマホと、土屋が持参したポテトチップスと缶コーヒーが二人分。
「側近とか、いちばん頼りにしてる部下とか」
「それもう言った。俺が」
涼一は右手を挙げた。
「右腕持ち上げながら、"右腕を失くしました”……」
土屋が缶コーヒーを口にする。
「りょんりょんに右腕さがしてほしいんじゃないの?」
土屋が缶コーヒーを持ったままこちらを指さす。
「……その呼び方やめろ」
涼一は顔をしかめた。
「何で俺なの。あれが妖怪なのか幽霊なのかスーパー巫女さんなのか知らんけど、んな特殊な頼まれごとされるようなスキルねえし」
涼一はポテトチップスをつまんだ。
「お祖父さまゆずりの何かとか」
「だったら爺さんに頼め」
涼一は言った。
「つかおまえ、きょうはあとどうすんの? 俺はここで夜すごすのヤだから、これからS県のこいつの住処に避難するけど」
涼一は爽花とつながったスマホを指さした。
「有給とろうかと思ったけど、明日いきなりはムリだった」
土屋が缶コーヒーを口にしながら眉をひそめる。
「……そりゃそうだろ」
「最悪、親には危篤になってもらうか」
土屋が言う。
「いいんじゃねえの。その手まだ使ったことないなら」
「二年まえに親父に危篤になってもらったからな。つぎは母ちゃんか。それとも親父が再発しましたのほうがリアリティあるか?」
土屋が眉をよせて悩みだす。
「癌か? 何の癌かまで設定しっかりしとかんとツッコまれるぞ」
「──なに、なんの話」
爽花がとまどったような口調で口をはさむ。
「有給休暇がすぐに取りにくいなら、親が危篤っていう最強の理由ぶち上げろって話」
「──日本社会の闇ぃ」
「大袈裟な」
涼一はポリポリとポテトチップスをかじった。
「んでS県まで何で行くの。新幹線?」
土屋が缶コーヒーを飲み干す。
「それしかないな。直通ないからキツいけど」
「ないの?! マジ?」
土屋が声を上げて自身のスマホをとりだす。検索をはじめた。
「うぇ、マジだ」
「意外だろ。俺もこっち帰ってくるときビビった」
涼一は、スマホのほうに顔をかたむけた。
「──てなわけで、到着はおそい時間になると思うけど。綾子さんと拓海くんにご迷惑かけます言っといて」
「──あ、綾子ちゃんねー、旦那さんと仲直りしてさっき家に帰ったよ」
爽花が答える。
「マジか」
「だからりょんりょん来てくれるの助かるんだー。ほら、わたし家事できないじゃん?」
「……いばるな」
涼一は顔をしかめた。
「とはいえ、りょんりょんはお料理できんの?」
土屋が缶コーヒーを手に口をはさむ。
「その呼び方やめろ。こっちは一人暮らし歴何年だと思ってんだ」
「──きょうの夕飯は作り置きしてくれて、あしたの朝は残りのご飯でお茶漬けでもしなさいねって言われたけど、そのあとは拓海ちゃんと飢え死にするとこだったぁ。りょんりょんマジ助かるぅぅ」
爽花が歓喜の声を上げる。
いまどきコンビニもスーパーのお惣菜もあるんだから飢えはしないだろうと思うが。
引きこもりのほうは分からんけど。
「おまえ……これ機会に家事覚えろ」
涼一は顔をしかめた。
そういやこいつ、アイスを買いもの袋ごと冷凍庫に入れてたんだっけと思い出した。
基本の基本からダメだ。
「──わたし家庭科のテストの成績はけっこういいのになあ」
「マジか」
土屋が口元をゆがめる。
「……んじゃ行くわ。なんか飢え死にさせるわけにもいかんし」
涼一はノートPCをスポーツバッグの上に乗せた。
けっこう大変なことに巻きこまれてる状況じゃないかと思うが、力の抜ける。
「持って行くのそんだけ?」
土屋がスポーツバックを見て問う。
「んだな。あんまり荷物になっても移動しんどいし」
あと必要なのは財布とスマホか。涼一は上着のポケットを確認した。
「高速だと一時間ちょっとってとこか……?」
土屋がスマホのデジタル時計を見る。涼一といっしょに立ち上がった。
「車で送るわ、鏡谷くん」




