自宅アパート 二
「──うしろ向きのホログラム肖像でしょ?」
通話口の向こうで爽花が言う。
「綾子ちゃんとおなじじゃん。とり憑かれた人の姿がもとの通りの姿でちゃんと見えるわりに、本人はなにも変化ないんだよね」
「あ──」
そういえば。
涼一は自宅のアパートの天井を見上げた。
とりあえず土屋を待ちながら、持ち出すものをまとめておくことにした。
むかし研修で使ったスポーツバッグをクローゼットから出し、下着を詰めてたところで爽花からスマホにかかってきた。
「そういや、綾子さんがそうだった。それで土屋は乗っとられた気配ないのか」
「──えっ、つっちーさんそうなの? うしろ向きのやつでよかったね、りょんりょん」
よかったのか何なのか分からんが。
というか、つっちーさんって土屋のことか。どこまでも歳上に失礼なやつ。
「──ねね、いま思ったんだけど」
爽花が声をひそめる。
「ムダに声音落とすな。怖くなるだろうが」
涼一は引き戸の向こうにある水場を見た。
冷蔵庫のわきの血の手形のせいで、一人になるとかなり怖い。
「──ねねね、りょんりょんがナゾの行員さんと遭遇してるのって、うしろ向きの肖像見た人が近くにいたときじゃない? ちがうかな」
「ん?」
涼一はもういちど天井を見上げた。
天井のシーリングライトにうっすらと長い影が差して、やはり怖い。
「いや……偶然だろ。だいたい綾子さんのときは、綾子さんがあの行員に見えたってだけだし」
「──そっかなあ。それはそれで行員さんのなんかの接触だったとかさあ」
爽花が反論する。
「サンプルたったの二個でこじつけすぎだろ。そもそも俺選んで接触してるとも限んないし」
「──エックスで行員さん見たって人、いまだにいないんだよね。りょんりょんを選んで出てるんじゃないの?」
「んなわけあるか。心当たりねえし」
涼一は眉をよせた。
そういえばネットカフェに現れたときは、あの店の女性スタッフの制服を着ていた。
現れる場所によって服装を変えているのか。
「 ”行員" でさがすから見つからないのか? 特徴書いてみたら……」
「──特徴はどんな?」
爽花が問う。
「んー」とうなって、涼一は行員の姿を思い浮かべた。
「美人」
「──りょんりょん!」
爽花が怒ったように語気を強める。
「──つっちーさんて人がいるのにっ!」
「今いねえよ。顧客んとこ行った」
何で土屋が関係してるんだか。何べん話しても話の要領分かんねえなこいつと思う。
「──いなきゃいいの?! そういうの」
「分かんねえから話進めるぞ。年齢は二十代前半くらい。小柄、ちょっと巨乳。ストレートのセミロング。アイドル系の童顔美人。──えっと。声は高くて、なんつうの? 鈴を転がすような声?」
「──そういうの好みなんだっ!」
「んだな」
美人嫌いって人はあんまりいないだろと思ってるが。
まして明るく話しかけられたし、助けてくれた可能性あるし悪い感情はない。
「メモしてんのか? そんな感じでアップしてくれ」
「浮気に協力するみたいで、──あーあ、やだなあー」
爽花が拗ねたような声色でつぶやく。
もうこいつの発言の意味いちいち考えんのやめよう。
「あと……特徴、ほかに何かあったかな」
涼一は記憶をたどった。
「ああ……」
彼女が自身の右腕を持ち上げて言っていた不可解なセリフを思い出した。
「右腕を失くした……って言ってたな」
「──腕?!」
爽花が声を上げる。
「それ大きすぎる特徴じゃん。最初に言ってー」
「いや、腕はあったんだよ。ふつうに」
涼一は顔をしかめた。
「自分の左手で右腕持ち上げて、”右腕を失くしました" って」
「──んん?」
爽花が変な声でうなる。しばらく沈黙した。説明した通りのことをやってみているのか。
「──なんかの例え? とか?」
「ああ……なるほど」
涼一は宙を見上げた。
ふいに水場のほうからガタッと音が聞こえて、座った格好で後ずさる。
となりの部屋の住人が帰ってきた音だと分かり、ホッとした。
「側近とか、いちばん頼りにしてる部下を右腕っていうな」
「──行員さんの側近? 行員さんじつは偉い人なの?」
「知るわけないだろ」
涼一は答えた。
「右腕。──右」
爽花が不可解そうな声で「右、右」と繰り返す。
「──インド人を右に」
「たぶん関係ない」
涼一は即答した。




